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5年半つづいたボツ地獄――作家・桜木紫乃が初めて「生き残る秘訣」を明かした

5年半つづいたボツ地獄――作家・桜木紫乃が初めて「生き残る秘訣」を明かした

聞き手:「オール讀物」編集部

人気作家はいかにして「壁」を乗り越えたか

出典 : #オール讀物
ジャンル : #エンタメ・ミステリ

 ――原稿をもらっても載せられないことが続くと、担当者も気詰まりで、他の編集者ならうまくやれるかもと思ってしまうんですよ。私が桜木さんの担当になったのは新人賞から4年が過ぎた2006年の春でした。その時、出版部の部長になっていた明円に呼ばれ、「必ず桜木さんのデビュー単行本を出すように」と言われたんです。引き継ぎで前任者から段ボール箱を渡されたのですが、箱の中に中編、短編あわせて30本以上の桜木さんのボツ原稿が入っていて、ビックリしました。

 桜木 明円さんからそんな話が!? でも、使える原稿は1つもなかったでしょう?(笑)

 ――とんでもない。その時、桜木さんに提案したのは、新人賞受賞作の「雪虫」、その後オールに載った「海に帰る」「水脈の花」の3作を収録するとして、短編集を出すにはあと3作、必要だということでした。そう思って、段ボール箱の原稿を読み進めていくと、いい作品がいくつか眠っていたんです。『氷平線』に収録した「霧繭」「夏の稜線」「水の棺」の原型は、みな箱の中にあったボツ原稿でしたよ。

 桜木 そうでしたっけ? 『氷平線』が出たのが2007年の11月だから、06年に単行本を出す計画を聞いて、準備にかけたのは丸1年でしたよね。あの1年が一番キツかったかもしれない。先が見えるような、見えないようなぼんやりした中で、正解もわからないまま原稿を直し続けてましたから。

 今でもよく覚えているのは、2007年の6月25日。葉室麟さんが松本清張賞を受賞された贈呈式の日、新橋の第一ホテルで打ち合わせをしたでしょう。その時、「『水脈の花』を落としましょう」と言ったのを覚えてます? 「やっぱり『水脈の花』は物足りない。代わりにガツンとくる新作を1本書いてほしい」と提案されて、「あ、デビューが危うくなった」と思いました。近づいたはずのゴールが、サーっと遠のいた感じがしたんです。でも、いざ原稿に取りかかってみたら、焦る必要はまったくなかった。あの時ほど担当さんがいる心強さを感じたことはなかったです。「氷平線」という新作を書くことができてよかった。

『氷平線』(桜木 紫乃)

 ――『氷平線』が店頭に並んで、お気持ちに何か変化はありました?

 桜木 新人賞からの5年半が報われた感じがして、ホッとしました。ただ、本を1冊出すことがいかに大変かわかったので、この先、小説を書いて暮らしていけるようになるとは、まったく思わなかったです。

 ――でも、他社の編集者から順調に依頼が来ましたよね。

 桜木 11月に本が出て、12月に連絡をくれたのは集英社のHさん。のちの『ホテルローヤル』(集英社文庫)の担当者です。ただ、順調ではなかったですよ。集英社からも「こんな原稿じゃ載せられません」と言われて、しばらくボツが続きましたから。何回目かに渡した原稿で、ようやく『ホテルローヤル』の1話目となる「シャッターチャンス」が書けたんです。

 翌2008年、年が明けてすぐ電話をくれたのが新潮社さん。次いで角川さん、小学館さんからも連絡をいただきました。半年間で4社から依頼があったわけだけれど、どの社でも、最初の1本はボツを食らいました。――いい? ここからいいこと言うからよく聞いてね(笑)。

 ボツを宣告される時、集英社のHさんによく言われたのは、「『氷平線』を書いた桜木さんが、この原稿はないです」って。『氷平線』という1冊を踏まえたうえでの仕事をしてもらわないと困る、ということを暗に言われたんです。「書き急がなくていい」「焦らなくていいから、ちゃんとしたものを書いていきましょう」と、各社の編集さんに励まされました。結果として、08年から数年かけて、『風葬』『凍原』『恋肌』『ワン・モア』『起終点駅(ターミナル)』『硝子の葦』『ラブレス』『ホテルローヤル』を、短編と長編の同時進行で書いていったんですよ。

『ホテルローヤル』で第149回直木賞を受賞

 ――この時期のお仕事が非常に充実していて、『ラブレス』(新潮文庫)で島清恋愛文学賞、『ホテルローヤル』で直木賞と、文学賞を続けて受賞されました。振り返ってみて、何をやってこられたのがよかったと思いますか?

 桜木 自分ではわからないです。編集者として逆にどう思う?

 ――1つは、『氷平線』が出るまで時間がかかりましたけれど、途中で書くのを諦めなかったこと。そして、単行本デビュー後、文春だけでなく他社の仕事をたくさん引き受けて、しっかり結果を出されたことだと思いますが……。

 桜木 人との出会いに恵まれていたので、本当に幸運だったと思います。書き続けていないと運はやってこないよね。100本書けば1本くらいはいいものができるから(笑)。

 20年書いてきて、最近わかってきたのは、オール新人賞出身の作家ってどうやら、他社の編集者に苦労人だと思われてるらしいこと。あるベテラン先輩作家に、パーティの席で「サクラギはどこの(賞の)出身?」と聞かれたことがあるんです。「オールです」と答えたら、「あれは全然デビューできねぇ賞だ。お前よく残ったな」と感心された(笑)。

 たしかに短編の新人賞だから、受賞してもなかなか単行本を1冊出すところまでたどり着けません。田舎でひとりで書いていたので、それだけ生き残る率が低い賞であると知らなかったのは、逆にありがたかったです。オールの新人が本を出すと、たいてい他社から依頼が来ると聞きました。多数の新人賞がある中で、よそから声がかからないと、担当も書き手もつらいよね。

 いずれにしても新人賞をとった方は、他社の編集者が「うちでも書かせたい」と思う1冊を期待されているということです。だけど、賞をもらったからにはすぐに単行本デビューしたいよね……。あぁ、やっぱりオール讀物新人賞はおすすめしないかも。

 ――そんなこと言わないでくださいよ。

 桜木 いや、冗談じゃないんだよ。

©原田直樹

(「オール讀物」11月号より)


桜木紫乃さんも受賞したオール讀物新人賞。発売中のオール讀物2021年11月号で、第101回の受賞作を発表しています。編集部では、今回の受賞作(出崎哲弥「装束ゑの木」)の選考プロセス、応募作の傾向、実際の選考会の模様をふりかえりつつ、「『小説家』への道~歴史時代短編書き方講座」と題したオンライン講座を開催いたします。

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