- 2021.11.23
- インタビュー・対談
5年半つづいたボツ地獄――作家・桜木紫乃が初めて「生き残る秘訣」を明かした
聞き手:「オール讀物」編集部
人気作家はいかにして「壁」を乗り越えたか
出典 : #オール讀物
ジャンル :
#エンタメ・ミステリ
2002年、桜木紫乃さんの「雪虫」は選考委員から高い評価を得、オール讀物新人賞を受賞した。受賞から20年。いまや押しも押されもせぬ人気作家となり、節目となる新刊『ブルースRed』(文藝春秋)を上梓した桜木さんだが、じつは新人賞受賞後、人には言えない苦労の日々があったという。
――新刊『ブルースRed』は、デビュー20年を迎える桜木さんの集大成となる、スケールの大きな作品になりました。
桜木 『ブルース』(文春文庫)で影山博人という男を描いたのですが、今回の『Red』の主人公は影山博人の血の繋がらない娘・莉菜。莉菜は博人の血を受け継ぐ一粒種の武博と肉体を契り、あらゆる手段を駆使して武博の栄達を図ろうとします。かつて亡父が支配した釧路を舞台に、博人-莉菜-武博と、血縁とはまったく別の何かで繋がる「親子三代」の運命を描いた物語と言えるかもしれませんね。1冊を通して莉菜に寄り添う中で、最終的には莉菜がこの奇妙な「家族」から解放され、死に場所を見つけるまでを描けたと思います。
結局、20年書いてきて、「雪虫」の頃と変わってないんですよね。ずっと北海道を舞台に、「いろんなものから解放される女」を書き続けてきたような気がしています。
――20年目のこの機会に、「作家として生き残る秘訣」を伺えたらと思っているんです。2002年の新人賞から、2007年に『氷平線』(文春文庫)で単行本デビューするまで、5年半という時間がかかっていますよね。じつは今日、聞き手を務めている私は、桜木さんが『氷平線』を出した時の編集担当者なのですが、改めてその前後の経緯をお聞きしたいなと。
桜木 33歳頃から地元の同人誌に参加していたんですけど、女の書くものがあまりよく言われない時代で、色恋を書くと「小説ではない」なんて言われて、何を書いたらいいのかわからなくなっていました。そんな時、同人誌の主宰に「商業誌に応募してみたら」と勧められたんですね。
締切が迫っていて、3日で「雪虫」を書きました。それで新人賞をいただけたので、いけるんじゃないかと思ったのが勘違いの始まり(笑)。3日で書いて賞をもらえるんなら、1週間かけたらもっといい小説が書けるはず、なんて。バカだねぇ。
――受賞後は、どんなふうに書いていったのですか。
桜木 毎週のように30枚の短編を書いて、送っていました。でも、次第に担当さんから連絡が来なくなり、連絡が来ないということは「ボツだったんだな」と思って、また次のを書いて送るということを繰り返していました。さらにバカ。
――ちょうど1年後に、受賞第1作となる「海に帰る」がオール讀物に載っていますね。
桜木 「最初の2枚は要らないから取りましょう」と具体的な提案をもらって、バッサリ削ったことを覚えています。何度かやりとりを重ねて載せてもらって、これで原稿の勘どころがわかった!?……と思ったのに、そこからまたもやボツの連続。5年半の間でオールに載ったのは、「海に帰る」と「水脈の花」の2作だけでした。
――ボツが続いた頃は、どういう気持ちでしたか?
桜木 “ぬか床”の底でどうすればいいのかわからず、途方に暮れていました。自分が本当にダメなのかどうか知りたかったし、いつまでたってもデビューできない理由を知りたかったけれど、誰かに聞けるわけでなし、中途半端な状態でしたよね。
告白すると、あんまりつらいんで、すばる文学賞に応募してしまったことがあるの。誰も何も言ってくれず、どんな勉強をすればいいのかさえわからなくて、つらくてつらくて、応募しちゃった。そしたら最終選考に残ったんですよ。
「すばる」編集部のKさんから電話をもらって、後で問題になってはいけないと思い「じつはオール讀物新人賞をいただいたことがあります」と打ち明けた。そしたら翌日、また連絡があって、「会議にかけた結果、今回の最終候補は取り消しにします」と。でも、その時、Kさんが電話口で「あなた、絶対に小説をやめないでくださいね」と言ってくれたんです。そこで私も少し冷静になれて、そうか、「すばる」の最終選考に残れたんだし、集英社の編集者が「やめないで」って言うんだから、もう少し頑張ってみるかと思いました。
同じ頃、文春の羽鳥さんから「写経しなさい」とアドバイスをもらいました。髙樹のぶ子さんの『透光の樹』がとにかくすばらしいからと。約300枚の短めの長編小説なのですけど、白山を舞台に男と女の出会いと別れ、土地の空気、生と死がすべて描かれている。「1冊写したら何かがわかる」と言われて、午前中は自分の原稿を書き、午後は『透光の樹』を書き写すということを続けてみました。2004年、一念発起して初めての長編にチャレンジしていた頃のことで、筆写することが「300枚を書くトレーニングになるよ」と思ってくださっての助言でした。この年に仕上げた長編「霧灯」が、松本清張賞の最終候補に残るんですけれど……。
――補足しますと、松本清張賞(主催・日本文学振興会)はプロアマ問わずの公募の賞で、オール讀物新人賞を受賞したけれどもなかなか本を出せない方が、長編を書いて清張賞から再デビューを期す、という流れが当時あったんですよね。
桜木 清張賞の候補に残った時、同じ北海道出身の文春の編集者である明円さんがわざわざ留萌まで訪ねてきてくれて、「僕は桜木さんの作品が好きです」と励ましてくれたのは嬉しかった。結局、清張賞も落っこちて、つらいのはつらかったんですけれど、時々叱咤してくれる編集さんの言葉、それから羽鳥さんが毎年送ってくれる文春のカレンダーと手帖とが心の支えになっていました。小説がボツで泣くことだけはすまいと思ってたけど、カレンダーと手帖が届くたび「私、まだ忘れられてない」と、こっそり隠れて泣いてたんですよ。
――先が見えない中、担当者もずいぶん替わりましたね。
桜木 私、歴代担当者の数だけは多いの(笑)。クルクル替わるんで名前を覚えられないんです。正直、すごく怖かったですよ。私があまりにダメで、付き合いきれないんだろうな、いつか担当がいなくなるんだろうなと思ってました。
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