本の話

読者と作家を結ぶリボンのようなウェブメディア

キーワードで探す 閉じる
不朽の名作を徹底解説 司馬遼太郎『燃えよ剣』五番勝負

不朽の名作を徹底解説 司馬遼太郎『燃えよ剣』五番勝負

聞き手:「オール讀物」編集部

天野純希×今村翔吾×川越宗一×木下昌輝×澤田瞳子×武川佑×谷津矢車

出典 : #オール讀物
ジャンル : #歴史・時代小説

 澤田 おそらく登場人物が、相当多い小説です。私も歴史小説を書いていて、どんな時代にも名前は残っていなかったとしても、そこには必ず色んな人間が生きていたということを常に感じずにはいられません。天野さんが挙げた林権助や、ほんの一瞬、土方が頼みごとをした駕籠(かご)屋の担ぎ手でさえ、彼らの人間としての感情がさらりと描かれる。司馬遼太郎はもともと新聞記者で、情報を数少ない言葉で表現することに長じていたからかもしれませんが、混沌とした幕末の時代に生きた、名もなき人々の存在、息遣いをも味わうことができます。

 木下 僕は現代と照らし合わせるとしたら、土方の生き方そのものが面白い。とにかく強い組織を作りたい、いい喧嘩(戦争)がしたいという部分で、技術を突き詰め、まるで職人のようですよね。最近、「あなたはAという思想ですか? Bという思想ですか?」と二者択一で問いかけられるようなことが多い気がしていて、そういうリトマス紙を突き付けられるのが僕はちょっと苦手で、それよりもっと小説がうまくなりたい(笑)。土方は幕府側に立っていますが、そこは思想というよりも、むしろ純粋な戦争職人として、自らを粉にして身体を動かす人物として描かれています。この男の生き方ってめっちゃ綺麗だな、美しいなって思いました。お前らもっと手を動かせよ、っていうメッセージがある気がします。

 川越 『燃えよ剣』のキャラクターたちって、刹那的に信念や思想が揺らいでいきます。でも人間はそういうもので、これまでの人生経験や状況から、ひとつずつ人生を選択していくものだと思いますよね。

 天野 歴史観や組織論などから論じることもできますが、僕は久々にこれを読んでみて、物語としてとにかく面白かったんですよね。男同士の紐帯、ブラザーフッド的小説として、改めて読んでみるのもいいかと思います。近藤、沖田と続けて仲間を失った土方の痛々しさも見もので、後半にいくにしたがってあのドライだった土方が、どんどんウェットになっていくことも今回再発見しました。歴史小説を敬遠しがちな若い方や、BLファンの方にもぜひお勧めしたい。

書斎で原稿を執筆する司馬遼太郎氏

五、歴史作家の注目ポイント

 今村 この小説が書かれた1960年代というのは、歴史小説がいちばん盛り上がった時代だったと思います。僕はそれを「壁」だと意識していて、現代の作家たちが、それを超えようと挑んでいるのが、まさに『燃えよ剣』という作品なのではないでしょうか。もちろんここには原点も詰まっていて、明らかにこの作品の影響を受けている、あるいは逆説をとっているよね、というように令和の作家の作品と読み比べてみても楽しめるはず。司馬作品に限らず、池波正太郎作品、藤沢周平作品などとの読み比べもしてもらいたいですね。

武川佑(たけかわ・ゆう)氏

 武川 史実ベースではありませんが、私は土方と七里の二条中洲での決闘シーンが本当に好きなんです。殺し合いの場面の前に、飲食風景が描かれるのは、おそらく当時全盛期だった黒澤明や鈴木清順というジャパニーズノワール、あるいはフレンチノワールの影響を色濃く受けていると想像します。決闘直前までは割と淡々と、ちょっと引いた目線で書かれているのが、決闘の場面が刻々と迫ると、メロイックというか、泣かせにきている。司馬遼太郎が本気を出してきたというのを、読者目線で非常に感じました。だからこそなぜここで七里が……この決闘の結末は、実は公開中の映画では違っていて、試写で観た時には「それです!」とテンションが上がって仕方ありませんでした。原作と劇場版の違いには、ぜひ注目してほしいです。

 谷津 僕は最終章「砲煙」で、土方が近藤や沖田、井上源三郎や山崎烝(すすむ)の亡霊を見るシーンに、すごくグッときます。本作での土方は徹頭徹尾合理的なリアリストで、基本的に怪力乱神を語らない。その彼が非合理なものを見るということは、有体に言えば、死亡フラグにほかならないんですが、すべてを失ってしまったけど、すべてを持っているという主人公像がそこに集約されているんです。男同士の純粋なつながりが前面に出ているというか、映画もこの最終場面の使い方がうまかった。あそこを観て映画のDVDも買おうと決めました(笑)。

谷津矢車(やつ・やぐるま)氏

 澤田 私はいつか「新選組の京都」を書いてみたいんです。幕末の歴史闘争の舞台に巻き込まれてしまった京都という町の人々にとって、新選組は迷惑な存在だったという話はよく聞きますけれど、実際問題として、京都の町が新選組をどう受け入れていったのか、囲われた女たちはどうだったのか、といった視点で書けたらと思います。

 木下 土方は幕府のこれまでの功績と失策をプラスマイナスで評価したら功績が大きい、それを薩長のような卑怯な手段で滅ぼすのはおかしいと言っています。同じように彼を主人公にしたとしても、忠義よりも是々非々の現実主義者として、最後まで戦った姿を描いたら、また『燃えよ剣』と違った書き方もできるかもしれませんね。

 谷津 実は新刊『北斗の邦(くに)へ翔べ』は、土方が主人公で舞台は箱館で――大鳥圭介とは仲のよい設定です(笑)。

 天野 僕も色々書いてきましたが、史実にない七里研之助の設定を生かす大胆な創作の可能性だって面白そう。


※この企画は9月に行われた座談会を再構成したものです。紹介しきれなかったエピソードは、アーカイブ動画(2200円で好評発売中)で2021年12月31日までご視聴いただけます。

(お申込み先)
https://oorusoukan90nen03.peatix.com

単行本
燃えよ剣
司馬遼太郎

定価:1,540円(税込)発売日:2020年04月06日

プレゼント
  • 『もう明日が待っている』鈴木おさむ・著

    ただいまこちらの本をプレゼントしております。奮ってご応募ください。

    応募期間 2024/3/29~2024/4/5
    賞品 『もう明日が待っている』鈴木おさむ・著 5名様

    ※プレゼントの応募には、本の話メールマガジンの登録が必要です。

ページの先頭へ戻る