■恋愛の持つ暴力性
西森 この連続対談のテーマは「“恋愛”の今は」というもので、始めた動機の一つに、恋愛をストレートに描いたフィクションにハマれなくなっている人もけっこういる、というのを実感していたことがあります。そういう意味では、『偶然と想像』の第二話などは、色っぽい感じの恋愛をここまで正面から描いた作品を久しぶりに見たと感じました。
濱口 おっしゃる通りだと思います。観客にどのようにとられるか、特に第二話に関しては、不安がないわけではないです。でも、「こういうものに取り組みたい」という意思は明確にあり、それは、この作品に取り掛かっている時、『ドライブ・マイ・カー』(2021)の撮影を控えていたこともたぶん関係していると思います。性的なものがまったく取り扱われないことにも問題があるし、逆にそれがメインになってしまうのも違うと思っていて。自分がそういうテーマを取り扱うとしたらどうなるのかをやってみたのが第二話です。短篇集の全体の流れのなかで、第一、三話をある程度わかりやすくやる分、第二話に関しては、できるだけドロッとした、ダークな雰囲気が出てくるような話にしました。
西森 私自身はそのドロッとしたところも面白く見たのですが、周りの女性で、この第二話と『ドライブ・マイ・カー』の最初のセックスシーンに拒否感を持った人がそれぞれいたんです。心がザワッとしないものだけを見たい、過度に感情を掻きまわされたくない、という傾向もあるのかなという感じがありますし、その感覚は私もわかります。性的なものだけじゃなく、暴力描写などで過剰な負の感情に晒されたくない、ということも含めて。
濱口 わかります。そしてそういう観客はきっと増えているとも思います。少し話が違うかもしれませんが、最近、朝ドラ『おかえりモネ』を結構好きで見てたんですけど、その後にやっている「あさイチ」で、ヒロインのモネを演じた清原果耶さんが「モネは恋愛軸では生きてないキャラクターなんです」と言っていました。そのキャラクター理解も聡明だな、と思いましたが実際、モネと、坂口健太郎さん演じる菅波は、今までの恋愛像とずいぶん違っていたと思います。先ほど『偶然と想像』の第一、二話の登場人物たちの関係性について言及いただいたことと似て、間にある種の「距離」がある。そして、その距離そのものが大事である関係性が、『おかえりモネ』の若い二人なんですよね。言うなれば、距離があることが二人をより強く繋ぎとめている。それは、たぶん脚本の安達奈緒子さんが、時代の空気をきちんと汲み取りながら、朝ドラを更新しようとしているからなのかなと思いました。根底には以前と同じスタンスでは恋愛を描きづらいという感覚があるのではないか、と。それが全体的な傾向なのかちょっと分からないですけど、恋愛や性的な関係が孕んでいる暴力性に対して、忌避感を抱いている視聴者は増えているのでは、と思います。
はまぐち・りゅうすけ●映画監督。1978年生まれ。演技未経験の女性4人を主演に起用した5時間17分の長編『ハッピーアワー』(2015)、柴崎友香原作の『寝ても覚めても』(18)、村上春樹原作の『ドライブ・マイ・カー』(21。カンヌ国際映画祭脚本賞、国際映画批評家連盟賞受賞)など話題作を発表し続けている。
にしもり・みちよ●ライター。1972年愛媛県生まれ。日本、香港、台湾、韓国のエンターテインメントについて執筆。著書に『K―POPがアジアを制覇する』、共著に『韓国映画・ドラマ わたしたちのおしゃべりの記録2014~2020』『「テレビは見ない」というけれど エンタメコンテンツをフェミニズム・ジェンダーから読む』など。
構成●辻本力/写真●鈴木七絵
この続きは、「文學界」1月号に全文掲載されています。
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