■ファイルが届くのを待つ
西森 つまり渡辺さんは、構成を決め込んでから書き出すタイプではないということですか。
渡辺 そうですね。だから、いつも後でこうやって説明を求められた時に困ってしまう(笑)。
西森 では、アイデアみたいなものは、どのようにして作品に反映されていくのですか。
渡辺 頭の上の方からファイルが届くので、私はそれをじっと待ち、その都度読み込んでいく感じなんです。よく「登場人物が勝手に動き出す」とおっしゃる作家の方がいますが、たぶん、それに近い感覚なのだと思います。自分がものすごく受動的な状態になっている時に、一番いい仕事ができるという感覚があって。逆に、自分が頑張らなければいけないとか、すごく苦労した時は出来に自信がない時だったりします。
西森 作品の長さによっても変わってきませんか? 短編なら、もしかしたら一回ファイルが届けば、それで最後まで突っ走れるかもしれませんが、朝ドラ『カーネーション』(2011年)のような連続ものの場合は、何週間かごとに届かないと厳しい、みたいなことがありそうですね。
渡辺 連続ドラマの時は、まさにそうですね。ファイルが定期的に届いてほしいので、いつもすごく緊張しています。届くように、余計なことをしないでおこうとか、そういう心構えで生きている感じがします。
西森 人によって「書く」という過程が違うんだなと思えて面白いですね。この連続対談は「“恋愛”の今は」というタイトルで、フィクションにおける恋愛の描かれ方の変遷をテーマにしているのですが、渡辺さんはこれまで、恋愛要素が多めの作品も少なめの作品も共に書かれてきましたが、つまりそのファイルの中に「恋愛」の要素が入っていたり、入っていなかったりするというわけでしょうか。
渡辺 その通りです。
西森 それで言うと、最初から恋愛のファイルの何編かを一個でバサッともらうんじゃなくて、このファイルには恋愛のデータが入ってたな、みたいな感じになってますよね。例えば『カーネーション』にしても、『今ここにある危機とぼくの好感度について』(2021年)にしても、主題は恋愛ではないんだけど、あるときには恋愛の感情が濃く出てきますよね。
渡辺 私の方からも、ファイルをくれる頭上の存在に向けて、多少のオーダーみたいなことはしています。「ちょっと恋愛要素もお願いします」「そっち方面にも、私ときめきたいです」みたいに(笑)。
西森 プロデューサーさんとか、誰かにオーダーされて、というよりは、自分でオーダーしてしまう感じなんですね。
渡辺 一緒に企画を立てていく上で、プロデューサー、ディレクター、監督といった、自分にとって重要な仕事相手が毎回いるので、もちろんその人たちの要望も汲みます。それを上の方に向けて翻訳して、どういう作品にしたいかを伝えるような感覚なんですが、要望を上手く汲み取り切れない相手だったり、企画だったりすると、やっぱり上手くいかない。だからこそ、誰と一緒にやるのか、どの企画をやるかはものすごく慎重に選ばないといけないわけです。
わたなべ・あや●脚本家。1970年生まれ。2003年、映画『ジョゼと虎と魚たち』で脚本家デビュー。11年、NHK連続テレビ小説『カーネーション』の脚本を担当。ドラマ『火の魚』(09)、『その街のこども』(10)、『ストレンジャー 上海の芥川龍之介』(19)、映画『ワンダーウォール 劇場版』(20)など話題作を発表し続けている。
にしもり・みちよ●ライター。1972年愛媛県生まれ。日本、香港、台湾、韓国のエンターテインメントについて執筆。著書に『K―POPがアジアを制覇する』、共著に『韓国映画・ドラマ わたしたちのおしゃべりの記録2014~2020』『「テレビは見ない」というけれど エンタメコンテンツをフェミニズム・ジェンダーから読む』など。
構成●辻本力
この続きは、「文學界」2月号に全文掲載されています。