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新型コロナで露わになった人間の非合理性を学問的に証明した二人の天才の物語

新型コロナで露わになった人間の非合理性を学問的に証明した二人の天才の物語

文:阿部 重夫 (ストイカ・オンライン編集代表)

『後悔の経済学』(マイケル・ルイス)

出典 : #文春文庫
ジャンル : #政治・経済・ビジネス

 ミソは、人間の思考がいかに非合理に弱いか、に尽きる。AとBという事象が偶然続けて起きただけでも、人はそこに因果関係があると信じてしまう。ヒュームの『人間本性論』がつとに指摘した観念連合による錯誤だが、第六感や直感は飛躍と非合理な即席の「ファスト」思考(システム1)で成立している。これを記憶で補正するのが合理的な熟考型の「スロー」思考(システム2)で、この二つの葛藤で思考を解剖してみせたのが、カーネマン自身が一般読者向けに書いた『ファスト&スロー』である。

 これは邦訳されて日本でもベストセラーになった。「朝三暮四」のような笑い話のトリヴィアに事欠かず、右脳左脳論に似て訳知り顔をするネタ元集になっている。だが、明らかにそれとは別の用途に目覚めた人たちがいた。錯覚のメカニズムを巧みに取り込み、フェイスブックという分散型だが閉鎖系のネットワークで散布し、標的を正確に絞り込み極めて効率の高いターゲットマーケティングを実現する“悪知恵”が生まれた。

 

 合理性は非合理と裏表なのだ。二人の天才はどこでそれに気付いたか。カーネマンは幼いころ、戦争という非合理のただなかで、ナチスのユダヤ人狩りを生き延びた。強制収容所送りはどうにか免れたが、占領中のフランスを転々と隠れ住み、鶏舎にも身を潜めた。戦後、イスラエルに移住し「神はいない」という結論に達した。

 大戦が終わっても、イスラエルはアラブ人との戦場になっていた。カーネマンは兵役で心理学部隊に配備され、リーダー選びの性格診断テストを作成しつつ、直感は間違えることに気づく。彼より三歳年少のトヴェルスキーはイスラエル生まれの無神論者だが、危険な落下傘部隊を志願し、一九六七年の第三次中東戦争にも従軍するなど、こちらも一瞬の判断ミスで殲滅されかねない命懸けの戦争がその人生に影を落としている。

 二人は左右一対の狛犬のように対蹠的だった。内気なカーネマンは何でも記憶するアイデアマンでありながら自信が持てない。外向的なトヴェルスキーは数理的な頭脳を持つ自信家だった。六九年にヘブライ大学のカーネマンのゼミで客員講義をした際、統計学の「ベイズの定理」による説明を酷評されたのを機に、二人は組むようになった。「AがBより好まれBがCより好まれるなら、AはCより好まれる」という推移律が成り立たない例から、経済学の合理的意思決定論を覆す共同作業が始まる。この凸凹コンビの知的冒険が本書の白眉だろう。

 類似しているからといって安心する「代表性ヒューリスティック」、手近なものや見慣れたものを無条件で信じる「利用可能性ヒューリスティック」、インプットのパターンに一貫性があると、理屈抜きで予測に自信満々となる妥当性の錯覚、初期値に推計値が左右されることに気づかない「アンカリング(係留)」、遮眼帯をかけて見たくないものを見ない「確証バイアス」……などが次々と摘出された。これらのフィルターで大概のPost-Truthは説明できる。

文春文庫
後悔の経済学
世界を変えた苦い友情
マイケル・ルイス 渡会圭子

定価:1,265円(税込)発売日:2022年02月08日

電子書籍
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発売日:2022年02月08日

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