ただ、国会にはあらかじめのスケジュール感覚が想定されており、「今回はGPSの改正、その他の見直しなどは数年経ってから」ということになっていたのです。今回の改正、及び附帯決議は、とても重要なもので、高く評価できるものです。しかし、次の改正までに、どれだけ多くの被害者が、「あなたのケースは、ストーカー規制法の対象外です」「加害者の治療は義務ではないので、また繰り返す可能性はあります」と言われてしまうのか。確実に被害者がでることが分かっているのですから、早急に対応を望みたいと思います。
その上、調査では、ストーカー被害者の9割が、何かしらの行動変容を強いられていました。行動変容とはすなわち、出歩く時間を変えたり、職場を変えたり、SNSのアカウントやメールアドレスを変えたり、引っ越しをしたりといったものです。内澤さんのケースでもそうでしたが、こうした行動変容に費やす金額は、被害者の大きな負担となっています。この点は、ストーカー被害者だけではなく、もっと広範な被害者支援や救済の制度が必要です。
内澤さんが求めるものは、法律の改正だけではありません。さまざまな運用面での改善も求めています。
例えば内澤さんが受けた被害のうち、ウェブへの書き込みやLINEでのやりとりについては、「感情要件」が満たされていないという理由で、接近禁止命令を出せないという回答が行われました。これは不適切な運用であり、本来は対応されるべき事例です。法改正だけでなく、法解釈についての情報共有の徹底も不可欠です。
また内澤さんは、相談の際に、警察官にマッチングサイトに関連した不当な「説教」を受けています。相談者に「説教」を行っていいなどと勘違いをしている警察官は少なからずおり、そうした対応が二次加害として機能するだけでなく、相談や通報そのものを躊躇させることにも繋がります。現場の改善が不可欠です。
他にも、カウンセラーなどの配置や連携、シェルターの活用、加害者向けの相談機関、治療可能な医療機関を増やすことなど、さまざまな改善が必要です。こうした論点も内澤さんは、本書執筆後、各議員に伝える活動を行っています。
内澤さんの「戦い」の記録である本書を手に取ることは、おそらくあなたに、恐怖心とモヤモヤを与えるような読書体験になったのではないでしょうか。ストーカー被害によって生活が壊され、警察や弁護士などの対応からも苦痛を受け、そして法律の限界などについても思い知らされる。内澤さんの筆力の高さゆえに、スリリングなサスペンス以上の恐怖や不安を追体験しつつ、それを直ちに改善できないという不安さえあるでしょう。
少なからず人は、理不尽なニュースなどに触れ、そのモヤモヤを解消できない場合、「被害者に落ち度があったのだ」といった見方で被害者非難を行い、心の安定を試みます。しかし、モヤモヤした感覚を解消してくれるようなわかりやすい出口がないことは、それこそが現在のストーカー対策の限界を表してもいます。
本書は、国会議員やメディア関係者などの手に渡り、国会や報道で引用してもらうことで、ストーカー対策を一歩ずつ改善に向かわせています。文庫化されたことで、さらに広く、多くの方の手に届くこと。そのことで、ストーカーについての解像度の高い議論が、確実に進むことを願っています。
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