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どんな個性も大らかなユーモアで包みこむ嶋津マジック! 愛すべき7つの物語

どんな個性も大らかなユーモアで包みこむ嶋津マジック! 愛すべき7つの物語

文:森 絵都 (作家)

『駐車場のねこ』(嶋津 輝)

出典 : #文春文庫
ジャンル : #エンタメ・ミステリ

 闇の中でこそ光は意味を持つ。その実証に満ちた短編が数多く収められている本書だが、人間の内奥に光るものだけではなく、人と人の繋がりから生まれる灯りもまた随所にちりばめられている。

「ラインのふたり」で霧子が敵視していた社員から差しだされる薬。

「姉といもうと」で荻野夫妻と姉妹が交わし合う人情。

「スナック墓場」で競馬に興じる三人のさっぱりとした友情。

 各話で描かれているのは決して押しつけがましくないささやかな交情だ。それでいて、しかと読み手の胸を照らしてくれるし、残光が温もりとなっていつまでも留まる。それは、そこにある人間同士の関係が、作者の絶妙な距離感と愛情に支えられているためにちがいない。

 そして、見落とすことのできないもう一つの光――本書の中でこれまた燦然ときらめいているのは、愛すべき変人たちの姿である。変人、が言いすぎならば、ちょっと風変わりな人たちと言い換えてもいい。普通なようでいて普通ではない、だからこそものすごく面白い、そんな人々が次から次へと登場するのである。

 たとえば、「カシさん」の女性たち。下着までもクリーニングに出そうとする女客に最初こそ驚かされるものの、読み進めるにつれ、そつなく客の相手をしているクリーニング屋の妻の方にむしろ興味を引かれていく。夫に向かって「あなたって、乾いた雑巾(ぞうきん)みたいだもの」とあっけらかんと言い放つ妻。その言動のなんと神秘的なことだろう。果たして妻とカシさんのあいだに何があったのか、カシさんはクリーニング屋の男にどんな感情を抱いているのか、日常に潜むミステリーが読後も尾を引く一編である。

「駐車場のねこ」の治郎も謎の人だ。〈役者のような美男子〉でありながら、言葉遣いはべらんめえ調で、猫の餌やりを非難したふぐ屋の料理人に「こんちきしょうめ、若造が」などと映画でしか聞いたことのないような啖呵(たんか)を切ったりする。妙に色っぽいふぐ屋の女主人は果たして何を差し入れたのか、なぜ治郎は急に吐いたのか、ここでもまた書かれていない裏側に想像力を掻きたてられた。

「一等賞」は、酒の飲み過ぎでおかしくなったアラオを商店街の皆で見守る微笑ましい話だが、その商店街の一員であるユキの子供時代が語られると、彼女自身もまた些(いささ)か奇妙な癖を持つことが露見する。〈貧しくも健気(けなげ)な人間ごっこ〉。他者の前で自ら設定した自分を演じることに快感を覚えることは誰しもあるかもしれないが、寒い日に素足でつっかけを履いたり、寝癖をわざと直さずに買物に行ったりするとは、なかなか手が込んでいる。彼女が大学の演劇サークルに所属しているのもさもありなんである。

 畢竟(ひっきょう)、世の中には平凡な人間など一人も存在せず、外側はすまして生きている私たちの誰しもが、その内側にとてつもなくへんてこな個性を隠し持っているのかもしれない。そんな感慨を誘う本書の作中人物たちから、敢えて個性派大賞を選ぶとしたら、私は「米屋の母娘」の益郎を推したい。態度の悪い米屋の母娘から、おかずの少ない弁当を買い続ける益郎。一口大のコロッケ三つ、すべて中身がなく皮だけであったにもかかわらず、なぜまた同じ店で弁当を買うのか――その心に灯る密やかなときめきを知って以来、私は街で無愛想な店員を見かけるたび、彼らがどこかの誰かに愉悦を与えている可能性を考え、軽い可笑しみを感じられるようになった。どんな個性も大らかなユーモアをもって包みこむことで、マイナスをもプラスに転化させる。これぞ嶋津マジックだろう。

 

 尚、この解説を書くに当たって、単行本刊行当時の著者インタビュー記事に目を通したところ、「普通、ということにはこだわりました。普通の人とか生活を描きたいという気持ちが強いので」という作者の言葉を見つけ、危うく椅子から転がり落ちそうになった。

 どこまでも天然。処女作にして頑強なる「我が道」を見せてくれた新星、嶋津輝の小説をまた早く読みたい。

文春文庫
駐車場のねこ
嶋津輝

定価:803円(税込)発売日:2022年04月06日

電子書籍
駐車場のねこ
嶋津輝

発売日:2022年04月06日

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