本の話

読者と作家を結ぶリボンのようなウェブメディア

キーワードで探す 閉じる
「属国」となった日本を引っ繰り返そうとした“今太閤”を描いた理由とは?

「属国」となった日本を引っ繰り返そうとした“今太閤”を描いた理由とは?

第二文藝部 (聞き手)

『属国の銃弾』永瀬隼介さんインタビュー


ジャンル : #エンタメ・ミステリ

■戦後の欺瞞を受け止める元刑事・神野

――そんなオールスターが活躍する物語の中で奮闘する主人公が、元警視庁刑事で、千石の秘書となる神野です。

 元刑事で堅物なのですが、基本的に良い奴で、誠実な男。千石から“石部金吉”と揶揄されるような、融通の利かない、政治家秘書としてはちょっと困った奴です。そんな彼が味わったであろう戦中戦後の絶望を体現する人物にしたかった。

 たとえば、池袋の闇市で働く菊池華という女性が出てきますが、彼女は進駐軍相手の売春をさせられる。神野の元恋人も同じように辛い境遇で、アメリカ兵に身を任せざるを得ない状況に置かれています。さらに、特攻隊の生き残りの来栖が広島原爆で体験したこと、天才狙撃手の黒木が人生を狂わされた悲劇など、全てを知って、国家への怒りや戦後の欺瞞を全身で受け止める人間にしたかったんですね。

――そんな怒りを抱えながらも自分の信念を貫いて真っ直ぐ生きる神野の存在は、物語の中でも際立っています。

 神野は、千石の秘書を務めながら、カネについてはある種ストイックに距離を置く。それは、終戦直後にさまざまなものを見て来た結果なのだと思います。だんだんカネに溺れていく千石とは、微妙な関係になり、閑職に追いやられていきます。そんな男の悲哀も描きました。

■地元・鹿児島で出会った戦争体験者たちが語ったこと

――本作では、苛烈な戦争体験の描写も迫力があります。狙撃事件にかかわることになる元特攻隊員・来栖龍二、レイテ島から生還した天才狙撃手・黒木斗吾も、戦時中に過酷な状況を生き延びました。

永瀬隼介氏 ©文藝春秋

 来栖は鹿児島の基地に所属する元特攻隊員でしたが、私も鹿児島の霧島出身。当時は周りに戦争体験者が多くいたんです。彼らと接する機会があったことは貴重でした。

 私の父親は沖縄戦で陸軍の高射砲部隊に所属し、グラマンの爆撃を食らって瀕死の重傷を負いながらも戦友の助けで生き延びた、傷痍軍人でした。自宅には夜、地元の傷痍軍人たちが訪ねてきては、焼酎を飲みながらボソボソ話している。すると、母親が子供の私に「あの人は○○から帰ってきた」「あの人は○○を体験した」とか声を潜めて解説してくれる。

 母親はよく「生まれてからずっと戦争だった。18歳まで戦争しか知らなかった」と話していました。戦時中、地元の特攻基地に奉仕作業にも行ってるんですよ。掩体壕を掘ったりしたそうです。そして、特攻隊を見送っていた。こんな話も聞きました。知覧基地から出撃した霧島出身の特攻隊員が、沖縄に向かわずに、農作業中の両親を上空から見ようと、霧島に帰ってくるんだと。基地に戻り、上官に罵られ、殴られながらも、彼は特攻拒否を繰り返し、最後、実家の近くで墜落死してしまった、と。

 闇米の買い出しのエピソードも聞きました。当時、母親と蒸気機関車に乗ってトンネルに差し掛かると、「昔、米の買い出しから帰る人たちが満員列車の屋根に乗っかって、このトンネルでバタバタ落ちて死んでしまった」とか。

 とにかく、自分の家で焼酎を飲んでいる人がそんな地獄を経験していたことを知るわけです。当時は子供心にも「わっぜすごか(ものすごい)人生じゃな」と思っていましたが、この体験は大きかったですね。

■「属国」として生きる日本に“活”を入れたかった男たち

――ロシアのウクライナ侵攻があって、千石たちが思い悩んだ「国家の独立」という問題を否応なしに意識せざるを得ない時代になりました。

 今回のウクライナ侵攻では、「独立を守る」ことの厳しさを教えられたような気がします。右翼でもない私ですら、「国を守る」という意識は国家の中で生きる人間として大事なことなんだと改めて考えさせられます。日本は戦後、国家の最重要事項である国防をアメリカに丸投げして、経済的な繁栄を謳歌してきました。この反動がボディーブローのように効いてくると思います。ウクライナ侵攻を踏まえた現実問題として、果たしてアメリカは核戦争勃発の危険を冒してまで日本を守ってくれるだろうか、日米安保条約は機能するのだろうか、と誰もが不安を覚えているはずです。

 今作は図らずも、国家の針路、そして国防を丸投げした祖国に不満を持つ千石たちが、「属国」として生きることを選択した日本に“活”を入れたい、強大なアメリカと対等の関係になりたい、と立ち上がった、いわば屈せざる者たちの物語となっています。世界が一変しかねない激動の時を迎えているいまこそ、そういう野心を抱いた日本人へ想いを馳せてもらえれば、と思います。

 同時に、閉塞感のある内向きの時代だからこそ、終戦後の大混乱の中で、どん底から頂点へと這い上がった千石たちのダイナミックな生き様にワクワクしてもらいたい。ラストは生真面目な神野の知られざる一面も分かって、明るい未来を感じる作品になっています。一人でも多くの読者の方に手にとっていただき、強烈な個性がぶつかり合う群像劇を愉しんでいただけたら、作者としてこれに勝る喜びはありません。

単行本
属国の銃弾
永瀬隼介

定価:2,310円(税込)発売日:2022年05月10日

電子書籍
属国の銃弾
永瀬隼介

発売日:2022年05月10日

プレゼント
  • 『グローバルサウスの逆襲』池上彰・佐藤優 著

    ただいまこちらの本をプレゼントしております。奮ってご応募ください。

    応募期間 2024/4/19~2024/4/26
    賞品 新書『グローバルサウスの逆襲』池上彰・佐藤優 著 5名様

    ※プレゼントの応募には、本の話メールマガジンの登録が必要です。

ページの先頭へ戻る