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魂を削って生まれた静謐で気骨ある一冊

魂を削って生まれた静謐で気骨ある一冊

文:本郷 和人 (東京大学史料編纂所教授)

『将軍の子』(佐藤 巖太郎)

出典 : #文春文庫
ジャンル : #歴史・時代小説

 〇加々爪忠澄(1586~1641)徳川秀忠の家臣として「忠」の字を拝領し、関ヶ原の戦いや大坂の陣に勲功を立てて5500石を知行。目付・江戸南町奉行・大目付などを歴任し、9500石まで加増された。寛永18年(1641年)1月、江戸京橋桶町から大火災(桶町火事)が発生。大目付だった忠澄は消火活動の総指揮を執ったが、陣頭指揮中に煙に巻かれて殉職した。

 〇松平信綱(1596~1662)大河内家に生まれるが、叔父で幕府財政を担当していた松平正綱の養子となる。徳川家光の小姓となってから、ずっと家光に仕えた。寛永10年(1633年)3月、阿部重次や堀田正盛らと六人衆(のちの若年寄)に任命された。5月には阿部忠秋や堀田正盛らと共に家光より老中に任じられ、辣腕を振るった。家光が没すると、阿部重次・堀田正盛は殉死したが、信綱は引き続き4代将軍の家綱を補佐した。

 

 最後に本書の主人公についても、記してみよう。

 〇保科正之(1611~1672)2代将軍・徳川秀忠の庶子として誕生。母のおしずは北条氏旧臣・神尾栄嘉(かんおさかよし)の娘、もしくは武蔵国板橋郷竹村の大工の娘。正之の出生は土井利勝ほか数名のみしか知らぬことであった。なお、おしずは正之とともに高遠で暮らし、52歳でこの地で亡くなった。

 元和3年(1617年)、旧武田家臣の信濃国高遠藩主保科正光が預かり、正光の子として養育される。寛永6年(1629年)6月、兄の3代将軍徳川家光と初めて対面する。翌々年、秀忠の命で保科肥後守正之と名を改め、21歳で世に出た。当時の幕府には土井利勝や松平信綱、堀田正盛ら人材が豊かであったが、3代将軍家光はこの異母弟を頼りにした。正式に披露されることはなかったが、別格の扱いを受けて将軍の弟として知られるようになった。

 寛永13年(1636年)、出羽国山形藩20万石を拝領した。この時、高遠の領民のうちには、善政を敷いていた正之との別れを惜しみ、山形に行く者が少なくなかったという。寛永20年(1643年)、陸奥国会津藩23万石の大名に引き立てられる。以後、正之の子孫は幕末まで会津藩主を務めた。

 将軍家光は死に際して、堀田正盛に抱きかかえられながら起き上がり、「肥後よ宗家を頼みおく」と遺言した。これに感激した正之は寛文8年(1668年)に「会津家訓十五箇条」を定めた。その第一条には「会津藩たるは将軍家を守護すべき存在であり、藩主が裏切るようなことがあれば家臣は従ってはならない」と記す。寛文9年(1669年)4月27日、嫡男の正経に家督を譲り、隠居した。寛文12年(1672年)12月18日、江戸三田の藩邸で死去した。

 正之は幕府より松平姓を名乗ることを勧められたが、養育してくれた保科家への恩義からこれを固辞し、生涯保科姓を通した。会津家は3代・正容の時、親藩に列され、松平姓と葵の紋を使用するようになる。

 

 本書を読んで下されば直ちに了解できるが、作者の文章には品があり、気骨がある。恐らく何度も何度も推敲をくり返したのだろう。読みやすいのだが、緊迫感がある。登場人物たちの真摯な生きざまが迫ってきて、粛然と姿勢を正さずにはいられない。

 おそらくはそうした思いを多くの読者が共有したためだと推察されるが、作者は初めての単行本である『会津執権の栄誉』で直木賞にノミネートされた。だが、直木賞の選考委員諸氏の中には、作者のすばらしさに残念ながらネガティヴな反応も見受けられた。

 小説を創作する練達なプロ、大先達としての意見には、私たち読者は従うほかはない。しかし、『会津執権の栄誉』が歴史小説として成立していることを考えると、歴史研究に長年携わってきている身としては、僭越の極みではあるが、私は少なからず異なる見解をもっている。

 たとえば公表されている選評で、ある方は「エンタテイメント小説は『楽しい川下り』であってほしいと私は思います。」という。これは一つの「意見」であるはずだが、赫々たる業績を築かれた方が委員に選ばれている以上、その方の意見が尊重されることは当然であると思う。

文春文庫
将軍の子
佐藤巖太郎

定価:748円(税込)発売日:2022年06月07日

電子書籍
将軍の子
佐藤巖太郎

発売日:2022年06月07日

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