- 2022.06.03
- 特集
『フェミニズムってなんですか?』刊行記念ブックフェア選書 フェミニズムの議論の蓄積に触れる23冊
文:清水 晶子
『フェミニズムってなんですか?』(清水 晶子)
ジャンル :
#ノンフィクション
代官山蔦屋書店で開催中のブックフェアのために書き下ろされた『フェミニズムってなんですか?』から広がる選書23冊。
『フェミニズムってなんですか?』の背景にある、古典ともいうべき「特別なフェミニズム本」から、最先端の理論に触れられる刊行間近な作品まで。本書をきっかけに、次なる一冊を選んでもらえたらという思いで、リストと推薦文を公開します。
フェミニズムは私たちの生活や思考や感情のあらゆるところにかかわってくるので、最初に「フェミニズムってなんだろう」と思った時にどの本がピッタリくるのかは、人によって大きく違う。
小説や詩を通して最初にフェミニズムを理解する人もいれば、哲学や文化理論から入る人もいる。社会学的な考察に納得する人も、歴史を知ることがきっかけとなる人もいる。
ここで選んだのは、『フェミニズムってなんですか?』の背後にあるものの見方や感じ方を作ってきた本の一部であり、従って近年刊行されたものはほとんど入っていない。
本書の読者の方たちのフェミニズムに共鳴する一冊がこの中にあって、読み直していただければ嬉しいし、近年続々と刊行されているフェミニズムの本がどのような議論の蓄積を背景としているのかを感じていただければもっと嬉しい。
#フェミニズムの感情
フェミニズムは政治であり、行動であり、思想だけれど、同時に感情でもある。感情に駆動されないフェミニズムには力もない。それぞれのフェミニストにとってもっとも根源的なところにあるフェミニズムの感情は様々だろうが、私にとって、いつも心を揺さぶられる特別なフェミニズム本は、この四冊。
(1)トニ・モリスン『青い眼がほしい』(大社淑子訳、早川epi文庫)
性や人種、家族などをめぐる構造的な暴力が、世代を超えて交錯し折り重なり、そして極めて個人的で身体的な痛みとして経験されていく様が、眩暈のするような絶望を抱え込んだ詩的な筆致で描かれる。ノーベル賞作家モリスンの最初の小説。
(2)ヴァージニア・ウルフ『自分ひとりの部屋』(片山亜紀訳、平凡社ライブラリー)
英語圏フェミニスト・ライティングの古典中の古典とも言えるエッセイ。「500ポンドと自分一人の部屋」という女性が仕事をする物質的基盤の必要性は今も切実だし、「彼女のために私たちが仕事をすれば、彼女はきっと来るでしょう」という結びに心動かされないフェミニストは少ないだろう。
(3)ジュディス・バトラー『ジェンダー・トラブル—フェミニズムとアイデンティティの撹乱』(竹村和子訳、青土社)
90年代以降のフェミニズムの議論に決定的な影響力をもった理論書であるが、実際のところ本書の刊行時、その内容を十全に理解できた読者は三割にも満たなかったのではなかろうか。多くの読者は難解かつ悪文だと言われる本書の議論を十分に咀嚼できないまま、それでも本書に思考を刺激され、議論を促され、何より力付けられてきた。極言すれば、フェミニズムの書籍としての本書の最大の力は、そのような感情と思考の喚起力にある。
(4)ガヤトリ・C・スピヴァック『サバルタンは語ることができるか』(上村忠男訳、みすず書房)
90年代から2000年代にかけてフェミニズム理論を学ぶ学生たちの間でバトラーに輪をかけて「難解」として知られていたスピヴァックの代表的な著作のひとつ。とはいえ、本書で提示されるポストコロニアル・フェミニズムの厳しい政治的・倫理的批判はその難解さを超えて多くの読者を動揺させるものだし、そのような動揺こそフェミニストに不可欠の感情的経験の一つなのだ。
#インターセクショナリティ
インターセクショナリティという言葉は90年代に広まったものだが、しばしば指摘されるように、その発想はブラック・フェミニズムの伝統に根付いている。
ベル・フックスの『フェミニズムはみんなのもの』は日本語で入手可能な、インターセクショナルなフェミニズムの入門書としては、もはや古典の趣がある。それより先に進んで「インターセクショナリティ」の概念の生成を辿りつつその現代における意義を知るなら、コリンズとビルゲの『インターセクショナリティ』を。
(5)ベル・フックス『フェミニズムはみんなのもの』(堀田碧訳、エトセトラブックス)
(6)パトリシア・ヒル・コリンズ、スルマ・ビルゲ『インターセクショナリティ』(小原理乃、下地ローレンス吉孝訳、人文書院)
ブラック・フェミニズム由来のインターセクショナリティとは厳密には同じ流れではないものの、フェミニズムの想定する「女性」の間にある歴史的・社会的な構造的差異に注目するという点では、ポストコロニアル・フェミニズムの重要性は忘れるべきではない。
既に挙げたスピヴァックはもちろんだが、日本語で書かれた岡真理の『彼女の「正しい」名前とは何か』も衝撃的な論考だった。
インターセクショナル・フェミニズムを考えようとした日本語の著作として他に、田中玲『トランスジェンダー・フェミニズム』はトランス男性としてフェミニズムを論じた日本語圏最初期のもので、この数年優れた著書が複数出版されているトランス男性による(トランス)ジェンダー論のいわば先駆者の位置を占める。
飯野由里子『レズビアンである「わたしたち」のストーリー』は女性コミュニティ内部でマイノリティ女性たちがどのように声を上げてきたのかを、セクシュアリティや民族などの差異に着目して描き出すもので、これも明確にインターセクショナルなフェミニズムを念頭に置いた著作である。
(7)岡真理『彼女の「正しい」名前とは何か—第三世界フェミニズムの思想』(青土社)
(8)田中玲『トランスジェンダー・フェミニズム』(インパクト出版会)
(9)飯野由里子『レズビアンである「わたしたち」のストーリー』(生活書院)
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