- 2022.07.12
- インタビュー・対談
「自分自身を、小説を書くために世界に置かれているだけの人間だと思うんです」村田沙耶香の最新作品集『信仰』
竹花 帯子 (ライター)
村田沙耶香さんインタビュー#2
ジャンル :
#小説
書かれなかった無数の物語たち
家電に詳しい友達に強く勧められ、自分のクローンを買うことにした。
既に持っている友達によると、「だいたいルンバと同じくらいの便利さ」とのことだった。
――「書かなかった小説」は自分のクローン4体と共同生活する夏子の物語です。夏子は自分を夏子Aとし、クローンたちを夏子B、C、D、Eと呼ぶことにしますが、性愛や力関係の変化など、予想を裏切る展開でした。
村田 これは「文學界」の企画を通して書いた小説を加筆したものです。この企画では、私と朝吹真理子さんの記憶をテーマに、デザイナーの藤澤ゆきさんが一着ずつドレスを作ってくださったんです。
ゆきさんとお話しする中で、子どものころに書いた小説のことを思い出しました。小学校の頃に全員同じ顔だけど、髪型や服装が違うという五つ子の姉妹のお話を書いたことがあるんですね。それぞれ、さやか、さやみ、さやえ、さやる、さやこ、と名前を付けて。それが多分初めてラストまで書いた小説だったんです。大人になっても、あの子たちどうしてるかな、と想像することがありました。「書かなかった小説」はこの子供の頃の小説を土台にして新たに書いたものです。
――タイトルはどうして「書かなかった小説」になったのでしょう。
村田 ゆきさんは、この「書かなかった小説」だけでなく、ほかの未完の小説の断片もモチーフにして他の記憶とたくさん重ねてドレスを仕立ててくれました。私が物語やマンガを書き始めたのは小学4年生か5年生くらいのころだと記憶していますが、その頃のノートの端に残っている謎のマンガなんかも、企画の中でいろいろ見つかって。また最後まで書かれなかった小説がいっぱいあるんですよね。この小説の裏には、土台になった五つ子の小説だけでなく、それまでの無数の書かれなかった物語のイメージがあります。
最後は自由に書くことになる
マツカタは「ゲージュ」と呟いた。
「『ヒュポーポロラヒュン』ハ ニンゲン語ノ『ゲージュ』ニ ヨクニテイマス。」
Kは驚いて立ち上がった。
――「最後の展覧会」は初出を知らずに読んだので、最初とても不思議な小説だなと……。
村田 本当ですよね(笑)。この小説はドイツの美術館で開催された展覧会の図録のために書きました。美術品のコレクターとして有名な松方幸次郎さんとカール・エルンスト・オストハウスさんの架空の出会いを書いてほしい、という依頼を頂戴したんです。
私は松方さんのこともそんなに詳しくは知らないし、カールさんにいたってはまったく知らなくて。それでもよいでしょうか、そして二人を宇宙人やロボットにする可能性がありますがよろしいでしょうか、と先方に質問したところ、「まさにそれこそ求めていたものです」と返事がきました(笑)。
本当かなと思いつつ、最終的に松方さんはロボットに、カールさんは宇宙人になりました。最初は調べて書かないといけないのかなと思ったのですが、心強い返事に安心して、結局自由に書きました。趣味に走った作品だという気がします。
――本作以外も、『信仰』に収録されている作品は海外からの依頼で書かれた作品が多くあります。執筆する上で何か違いは感じますか?
村田 ここに集められた作品は、テーマがはっきり決まっているものが多いという違いはあるかもしれないですね。とはいえ、どんな依頼を受けたときも、今作のように、最初はテーマに沿って書いていてもだんだん自由に書き進めることになるので、あまり自分としては感覚に違いはないんです。
――2016年に刊行された『コンビニ人間』はアメリカ版を皮切りに現在38の国と地域で翻訳され、続く2018年の『地球星人』も十数カ国で翻訳出版されています。
村田 近年はSNSの投稿に英語のコメントがつくこともあって、あたたかいお言葉がうれしいです。2018年に『コンビニ人間』が英語に翻訳され、イギリス、カナダ、アメリカの文学フェスティバルに呼んでもらったことをきっかけに、海外の読者の方が増えたのかなと感じています。7月には『生命式』がアメリカとイギリスで出る予定ですが、いつか、できれば現地で読者さんの感想をお聞きできるといいなあ、と楽しみにしています。
(撮影:佐藤亘/文藝春秋)
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