本の話

読者と作家を結ぶリボンのようなウェブメディア

キーワードで探す 閉じる
戦国時代、海は日本に何をもたらしたか――インドで得た新しい歴史認識

戦国時代、海は日本に何をもたらしたか――インドで得た新しい歴史認識

文:細谷 正充 (文芸評論家)

『海の十字架』(安部 龍太郎)

出典 : #文春文庫
ジャンル : #歴史・時代小説

 生真面目な性格の純忠は、きちんとイエズス会の教えを覚えるうちに、いつしか本物の信者になっていく。終盤でしたたかな立ち回りを見せるバルトロメオとの対比で、そんな純忠の姿が際立つ。戦国の世を生き抜こうとしたキリシタン大名は、何を得て、何を失ったのか。万里の波濤を越えて押し寄せる、宗教侵略・文化侵略の恐ろしさが、この作品から感じられるのだ。

 続く「乱世の海峡」は、宗像家の当主で、宗像神社の第七十九代大宮司である、宗像氏貞が主人公だ。ちなみに宗像神社(大社)は、沖ノ島の沖津宮、筑前大島の中津宮、宗像市田島の辺津宮(へつみや)の三社の総称である。場所からも分かるように、海と縁の深い神社なのだ。また、宗像氏は水軍を擁し、交易や運送にも力を発揮していた。

 だが戦国大名としての宗像家は、大友家と毛利家の間で、苦しい選択を迫られる。大友勢に神社を焼かれても、表だって責めることができない、厳しい立場なのだ。それでも水軍を頼りに戦国を生きる宗像家を、作者は鮮やかに表現したのである。

「海の桶狭間」の主人公・服部友貞は、木曽川の河口に横たわる鯏浦で、海運や水運、漁労に従事する者たちを束ねる棟梁のひとりである。昨年の水練くらべで織田信長に敗け、なんとか今回は勝とうとする友貞。策を弄して勝利を掴んだ。しかし勢力を増す信長と、単なる棟梁に過ぎない自分との違いが、悔しくてならない。そんなとき斯波義冬から、信長を成敗する今川義元の兵を運ぶ船を集めるように依頼されるのだった。

 桶狭間の戦い異聞ともいうべき、ユニークな内容である。勝手に信長をライバル視する友貞だが、ここぞというときに盛大に空回りしてしまう。それが彼の人生を決定してしまうのだから、可笑しくもあり、哀しくもある。でも、作者の友貞に向ける眼差しは、どこか優しい。敗者もまた、歴史を創る一員であると思っているからだろう。

「螢と水草」は、三好長慶の弟の安宅冬康を中心にして、三好四兄弟の運命が綴られている。淡路一国を預かり、三好家最強の水軍を配下に持つ冬康は、長慶の重臣の松永弾正が、ふたりの兄弟を殺したと確信。何事かを企む弾正を排除しようとする。

 本作は三好家の重臣から、さらに飛躍していく弾正を、踏み台にされた三好四兄弟を通じて描いた物語といえるだろう。作者は、長慶が八ヵ国の太守になったのは、瀬戸内海の海運を支配していたからだと書く。水軍を率いていた冬康は、三好家にとって重要人物である。しかし冬康は長慶によって殺される。この件に関しては諸説あるが作者は、弾正の策動によるという説を使い、三好家の崩壊を巧みに描き出したのだ。

「津軽の信長」は、後に弘前藩初代藩主となる大浦(津軽)為信が、世に出るまでの経緯を見つめている。若き日の為信が、異常なまでに関心を持ったのは、尾張の織田信長であった。桶狭間の戦いの噂の断片をかき集め、自分も信長になると誓った為信。だが津軽全域は南部家の支配下にあり、大浦家の当主として中津軽郡一帯を領有している為信は、大仏ヶ鼻城の城主・南部高信に頭を押さえられている。それでも為信は、安東家の家臣・蠣崎慶広と、津軽海峡を間に挟んだふたつの国を造り、海を使った交易をしようという夢を語るのだった。

 為信が信長に憧れていた。この発想には感心した。いわれてみれば、北の地で伸長していく為信は、リトル信長といっていい。交易に力を入れた信長を知り、海運を夢見るというのも説得力がある。為信の出自がはっきりしないことを利用した、クライマックスの展開も面白い。独自の視点で、為信の前半生を描き切った、作者の手腕が素晴らしい。

 ラストの「景虎、佐渡へ」は、長尾景虎(後の上杉謙信)が主人公。長尾一門や国衆が、兄の晴景派と弟の景虎派に分れ、越後に不穏な空気が立ち込めていた。そんなとき景虎は佐渡島に渡る。そして銀の採掘と、南蛮渡来の鉄砲を知るのだった。

 兄弟の争いに景虎が勝利したことは、周知の事実である。作者はそこに至る景虎に、佐渡島の銀と南蛮の鉄砲の力を与えた。海から渡ってきたものと、戦国武将のかかわりから見えてくる、新たな戦国史がここにあるのだ。

 以上、六篇。どれも歯ごたえのある作品だ。直接的・間接的な違いがあれど、戦国時代は大航海時代とリンクしていた。その事実を噛み締めながら味読熟読してほしい。さらに付け加えるならば、多くの話が、戦国武将が新たなステップを踏み出す瞬間を描いている。この点にも留意しながら、安部龍太郎にしか書けない戦国時代を、大いに堪能したいのである。

文春文庫
海の十字架
安部龍太郎

定価:847円(税込)発売日:2022年07月06日

電子書籍
海の十字架
安部龍太郎

発売日:2022年07月06日

プレゼント
  • 『神域』真山仁・著 

    ただいまこちらの本をプレゼントしております。奮ってご応募ください。

    応募期間 2022/10/5~2022/10/12
    賞品 『神域』真山仁・著 5名様

    ※プレゼントの応募には、本の話メールマガジンの登録が必要です。

ページの先頭へ戻る