- 2022.07.21
- 書評
設定と推理の魔術師、強力無比なデビュー作!
文:阿津川 辰海 (小説家)
『イヴリン嬢は七回殺される』(スチュアート・タートン)
出典 : #文春文庫
ジャンル :
#エンタメ・ミステリ
同書は、(1)死者が転生する特殊設定、(2)警察直轄の「探偵機関」という設定、(3)名探偵に対する世界初の「弾劾裁判」という大きく分けて三つのファンタジーを掛け合わせた作品になっている。このうち、(2)・(3)の設定は、「カッパ・ツー」の応募原稿から大きく修正した結果生まれたものだ。
これに対して、石持氏は創作には「非現実的な設定はひとつに絞る」というセオリーがあると述べたうえで、完成版について「修正すべきふたつの設定を現実路線に戻すのではなく、より大きい虚構に変えてきた」「普通は二つの虚構がぶつかり合って破綻します。それなのに、力業ですべてを整合させ」た作品だと評していただいた。
私はこの評価ポイントは、スチュアート・タートンにもあてはまるのではないか、と思う。しかし、タートンは私よりも数段大胆で、しかもサービス精神にあふれている。彼が作中で展開する、広大で、継ぎ目さえ見当たらないファンタジーの大天幕は、まさに「巨大な嘘(Enormous Lie)」と称するにふさわしい。その大天幕を縫い合わせているのは、裏に隠れた端正な本格センス、つまり推理のセンスなのだ。
まさにタートンは「設定と推理の魔術師」と言える。
この魅力は本書でも発揮されているが、次作『名探偵と海の悪魔』でも健在──いや、更にパワーアップしている。英国歴史作家協会の「ゴールド・クラウン賞」の候補になったことからも分かる通り、現実に軸足を置きつつも、十七世紀の海洋冒険小説の魅力、次々怪異が襲い掛かる怪奇小説の読み味、密室殺人さえ起きる本格ミステリーのプロット、その全てを積載した、抜群のエンターテインメントになっているのだから。
3 初読者のためのアドバイス
その嘘があまりに巨大であるがゆえに、もしかしたら話についていくのに難儀する人もいるかもしれない。そこで、老婆心ながら、この項で「初読者のためのアドバイス」を示したうえで、次項から、「再読のための手引き」と称して、本書のネタバレ解説を試みる。
ではまず、アドバイスから。
・八人の宿主を順繰りに進むタイムループではあるが、それぞれの「観測範囲」はあまり重ならず、次々新情報が現れる構成になっている。そして各人の時間軸は朝→夜に一直線で、原則として夜に眠ったら、その人物が再度使われることはない。複雑な時間パズルだと身構えすぎる必要はない。
・人物を覚えるのはもちろんだが、「アイテム」に着目すると把握がしやすい。
・主人公に寄り添って読むことで、成長物語としてのストーリーラインがくっきりと見える。
・〈黒死病医師〉とアナのどちらを信頼できるか、という、いわば「三角関係」がこの本のサイドストーリーを形作っている。この問いの答えにも注目してもらいたい。
それでは、次項からはいよいよ、ネタバレ解説に入っていこう。
【以下では、本書『イヴリン嬢は七回殺される』のネタバレを含みます!】
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