本の話

読者と作家を結ぶリボンのようなウェブメディア

キーワードで探す 閉じる
万城目学と門井慶喜の「京都青春ゆるゆる散歩!」

万城目学と門井慶喜の「京都青春ゆるゆる散歩!」

おなじみ建築探偵コンビが「そうだ、京都へ行こう!」


ジャンル : #小説

『八月の御所グラウンド』(万城目 学)

京都を舞台にした万城目さんの新著『八月の御所グラウンド』を手がかりに、かつて学び遊んだ地、古都へ向かったふたり。青春の名残りは見つかるのか――?


 京都御所(京都市上京区京都御苑3)

 万城目 門井さんと京都を散歩するのは初めてですよね?

 門井 いえ、『ぼくらの近代建築デラックス!』(文春文庫)に収録した「京都散歩」の時に、お互いに好きな建築を挙げて、巡りましたよ(笑)。

 万城目 あ、初めてじゃなかった(笑)。一緒に本まで出してるのに! しょっぱなから最悪だ!

 門井 (文庫本を捲って)この「京都散歩」は2010年の7月ですね。

 万城目 うわ、13年前ですか。(写真を見て)お互いまだ30代でした。

『ぼくらの近代建築デラックス!』(万城目 学 門井 慶喜)

 門井 あの頃、僕らは若かった(笑)。京都は僕たちの曾遊の地なんです。僕は同志社大学に入学して、宇都宮から京都にやってきた。万城目さんは大阪出身で、京都大学で学ばれた。

 万城目 さっき確認したら、門井さんは90年入学、94年卒。僕は入れ替わるように95年入学、2000年卒。90年代の京都をちょうど半分半分に過ごして、バトンタッチしてるんですね。

 門井 今日は、万城目さんが久しぶりに京都を舞台にした小説『八月の御所グラウンド』を刊行されるというので、思い出の地を散歩しようと声がかかって。

 万城目 門井さんには関係ないのに、おつきあいいただいて申し訳ないです。

 門井 いえいえ、京都のご縁で誘ってもらえて嬉しいです。それにしても万城目さんの小説のキャラクターは抜群に可笑しいですね。「八月の敗者になってしまった」という印象的な一文で始まるこの小説。大学4回生の主人公は、彼女にフラれてしまって夏休みの予定がポッカリなくなり、かといって就職活動するわけでもなく、ただただ灼熱の京都に取り残されている。たしかに8月の京都は暑いよなあ、とシチュエーションの面白さに惹かれて読み進めたところ、この季節がしだいに深い意味を持ってきて、ああ、これは8月でなければ成立しない物語なのだとわかってくる。感銘深かったです。

 万城目 丁寧に読んでくださって、ありがとうございます。

 門井 「御所グラウンド」という題名にも驚きました。京都御所は昔の貴族がお住まいになってたところだから、偏見かもしれませんけど、日本一運動しそうにない人たちが集まっているイメージがある。そこに実はグラウンドがあった。しかも灼熱の京都に取り残された大学生たちが草野球の試合に出るはめになって……。

京都御所を歩く

 万城目 これは実体験に根ざしてるんですよ。御所には本当にグラウンドがあって、1回生の5月、ソフトボール大会に出たんです。朝イチで集合するんですけど、7時半試合開始なのに、7時20分になってもメンバーが揃わない(笑)。95年はまだ携帯がなくて、河原町今出川のマクドナルド前の公衆電話から、クラス名簿を片手にテレホンカードで電話していくんです。みんな僕の電話で起きて「今から試合なんやけど」と言ったら、「行けたら行く」と。

 門井 出た。「行けたら行く」(笑)。

 万城目 「いやいや、もう試合始まるんやけど」と言っても、みんな頑なに「行けたら行く」。

 門井 いい思い出ですね。

 万城目 当時の名残りを探して御所にやってきました。今も御所にはいくつか運動用の広場がありますが、残念ながら僕がかつてソフトボールに興じたグラウンドは既になく、今、京都迎賓館が建っています。小泉内閣の頃、ブッシュ米大統領がやってきて、鯉にエサをあげていた京都迎賓館。

 門井 ここにグラウンドがあったとは、もはや想像もつきませんね。

 万城目 公衆電話のそばにあったマクドナルドも閉店してしまいました。通りの斜向かいに学生時代よく通っていたパスタ屋さんが営業しているので、そこでランチしましょうか。

 セカンドハウス出町店(京都市上京区河原町今出川下ル梶井町448清和ビル1階)

セカンドハウス出町店にて

 万城目 新刊にもこの店は何度も登場するんですが、僕自身がスパゲッティ好きで、学生時代、月に1回くらいはセカンドハウスに行ってましたね。1980年オープンの老舗でもあります。

 門井 僕もこのお店のことはよく覚えてますよ。同志社から近いし。

 万城目 ある時、僕が食事してたら、隣の席でカップルがケーキを食べてたことがあって。女の子がショートケーキをフォークで口に運んでいると、突然、男の子が「あーん」ってしたんです。

 門井 おっ、白昼堂々(笑)。

 万城目 あーんと口を開ける男の子。フォークにさしたケーキを男の顔に近づける女の子。思わずじっと見てましたら……

 門井 見てたんだ(笑)。

 万城目 女の子は何も言わず、男の子の鼻にクリームをブチャッとつけた。男の子は一瞬ウッとなったものの、こちらも何も言わずに淡々とクリームを拭ってました。ええもん見たなと思って(笑)。

スパゲティに舌鼓をうつふたり(協力:セカンドハウス出町店)
小説にも登場するセカンドハウスのきのこあさりパスタ

 門井 そうだ。セカンドハウスの向かいに、銀邦堂という街の本屋さんがあったんです。学生時代の僕はそこに入り浸ってたんですが、マックス・ウェーバーの『職業としての学問』とか、薄いからついつい立ち読みで最後まで読み切ってしまう。いつもレジにおばあちゃんがいましてね。悪いなあと思いつつ、気づかれないように立ち読みしてました。でも、後で考えたら気づかれてないわけがない。社会人になって間もない頃、恩返しのつもりで本を買いにきたら、すでに本屋はなく、ガソリンスタンドになっていて……。僕はいまだにこのへんを通るたび罪悪感を覚えるんですよ。

 万城目 ええ話ですなあ……今はなき街の本屋さんのたたずまいが目に浮かびます。

 鴨川デルタ(京都市左京区下鴨宮河町)

鴨川デルタにて

 万城目 さて、少し歩いてデルタまで足をのばしました。実は「鴨川デルタ」って正式な名称でもなんでもないって知ってました? 昔から近所に住んでる人は「デルタって何?」と思ってるはず。門井さんの時代は「三角州」だったそうですね。

 門井 僕らは「三角州」と言ってました。

鴨川デルタに腰をおろすと青春時代がよみがえる
見つめあうふたり

 万城目 中世には「糺の河原」と呼ばれてたんですよ。それが現在、「鴨川デルタ」として定着している。これは森見登美彦さんの『四畳半神話大系』の影響が大きいと思います。特にアニメがヒットして、作中の大学生が使ってる「デルタ」が人口に膾炙した。つまりフィクションが現実に侵食してきた。

 門井 万城目さんの『鴨川ホルモー』にも「鴨川デルタ」は出てきますけど、そうか、元来「デルタ」は学生の符丁のようなものだったのか。

鴨川で遊ぶ
鴨川デルタでキャッチボール

 万城目 一部の学生の間でしか通じない言葉だったのが一般化したんです。今ではタクシーの運転手さんに「鴨川デルタまで」で通じます。もっとも、厳密には三角州(デルタ)じゃありませんしね。賀茂川と高野川が合流する地点が三角形なだけで。

 門井 昔、「三角州でお花見しよう」と誘われて、桜を見に行った記憶がある。

 万城目 新歓の時期は花見にバーベキュー……今はバーベキューしたらダメですけど、当時は全く規制がなくて、昼間から肉を焼いてましたね(笑)。僕、上半身裸になって身体を焼いたこともあります。

久しぶりの日光浴
もう、帰りたくない……

 門井 えっ? 裸で日光浴?

 万城目 男4人が、真っ白いあばら骨を太陽に晒して「気持ちええわ~」って(笑)。そういえば出町柳に柳月堂というパン屋さんがあるでしょ? 僕、あそこでクルミあんパンを買っては、よくデルタで寝転がってました。留年して、5回生になった時、一応、就職活動はするものの、就職してずっと会社員として働くのか、それとも小説家を目指すのか――パンを囓りながら考えに耽りました。とはいえ学生の身の哀しさで、考える材料もすぐに尽きて、「まあええわ」みたいな感じになるんですが(笑)。

 同志社大学~相国寺承天閣美術館(京都市上京区今出川通烏丸東入)

 万城目 ……という話をしつつ、門井さんの母校、同志社大学にやってきました。門井さんは学生時代から作家を志していたんですか。

 門井 そうですね、漠然と小説家になりたいとは考えていたんでしょうが、とにかく古本屋通いが楽しくて楽しくて。ひたすら本を読む日々でしたね。

 万城目 (構内にぶらりと入って)あれ、同志社大学、けっこうきれいになりましたね。

 門井 昔は至るところにビラが貼ってありましたが、それが整理されたのと、建物自体もきれいにしたんですよ。

同志社大学・クラーク記念館にて

 万城目 このクラーク記念館なんて、むちゃくちゃ格好いいじゃないですか。

 門井 明治26年竣工の重要文化財です。基本的に同志社ってみなレンガ建築で、レンガは汚れが目立ちやすい。だから昔は本当にくすんだ古い建物という印象だったところ、現在、外壁をきれいに洗いまして、レンガが明るくなったんです。それだけでキャンパス全体がきれいに見えるんだなとあらためて思いました。

 万城目 同志社の構内を抜けると、北の裏手が相国寺なんですね。すごく有名なお寺ですけれど、恥ずかしながら今日、初めて中に入りました。

 門井 臨済宗の禅寺なんですが、実はすごく格式の高いお寺で、いわゆる金閣寺、銀閣寺などみな相国寺派に属している。金閣、銀閣を傘下に従える、臨済宗の大本山なんです。つまり、いい文化財をたくさん持っているということで、お隣に美術館があります。僕、ここでガイドのアルバイトをしてまして。

相国寺承天閣美術館前を歩く門井さん

 万城目 へえ~、大学生の門井さんが。

 門井 これは一生の自慢なんですけれども、1回生の時、声優の大山のぶ代さんをガイドしたことがございます。

 万城目 ばりばりの現役でドラえもんの声をやってた頃の。

 門井 そうです。もちろんドラえもんのお声でしゃべってくれるわけはなく(笑)、静かに微笑みながら僕の話に耳を傾けてくださった、非常に品のいい方だったんですけれども。今もありありとお顔を思い出せるくらい印象に残っていますね。

 京都大学(京都市左京区吉田本町)

京大のシンボル、巨大クスノキを眺める万城目さん

 門井 今出川通りを歩いて、今度は万城目さんの母校、京都大学へとやってきました。

 万城目 また本の話で恐縮ですが、『八月の御所グラウンド』はオール讀物掲載時「八月の御所G(ジー)」という題でした。先ほどの「鴨川デルタ」みたいなもので、当時の学生は御所の運動広場のことを「御所G」と呼んでたわけです。

 門井 一部の学生たちがそう呼びならわしていた。

 万城目 ……と、僕は認識してたんです。数年前、用事があって京大に来た時も、運動系サークルのビラに「毎週水曜、御所Gで練習」みたいなことが書いてあった記憶があって、「今の子も『御所G』と言ってるんや」と安心して、今回、小説中に「御所G」と書いた。ところがだんだん不安になってきまして(笑)。今も、一生懸命、掲示板のビラを見て、どこかに「御所G」と書いてないかと探してるんですけど、全然、見つからない。おかしいな……。今はもう「御所G」なんて言葉は使われてない疑惑。いや、そもそも、僕が勝手に記憶をねつ造した疑惑が高まっております(笑)。門井さんは「御所G」に聞き覚えがないんでしょう?

大量のビラの中に「御所G」の文字を探す万城目さん

 門井 はい、全く。万城目さんの小説を読んで、初めてグラウンドの存在を知ったくらいなので。

(周囲に目をやって)あれ? 京大のまわりもずいぶんきれいになりましたね。昔は百万遍から東一条の交差点にかけて、キャンパスの周囲がすべて立て看で覆われていたと思いますが。

 万城目 ちょうど5年前、前の総長の時に一掃されまして。猥雑さといいますか、雑然とした雰囲気が消えて、京大も小ぎれいになりました。構内の看板やビラもずいぶんさっぱりしましたよ。

 あ、時計台の前に大きなクスノキがあるでしょ。木の周囲を白い敷石が囲んでますけれど、僕が入学した95年、ちょうどこの敷石の修復をしてて、入学後もずっと工事中だったんです。しばらくして工事が終わり、ようやくきれいになった白い敷石が姿を現したと思ったら、その日か次の日に、誰かがペンキで「日本印度化計画」って(笑)。

 門井 まさか……書いちゃった?(笑) 工事が終わるのを待って?

 万城目 真っ白な敷石の上に、めちゃくちゃでかい文字で「日本印度化計画」と。すぐさま修復工事が再開しました(笑)。

 門井 そこまでやると、もはや愛校心じゃないかな、それ(笑)。

 吉田キャンパスに足をのばすと、立派なグラウンドがあるのに驚きますね。グラウンドの隅に古いサークル棟も残っていたりして。あんまり古すぎて、もはやサークル長屋って感じですが。

京都大学・吉田グラウンドを見学

 万城目 このサークル棟、まだ現役で使われてるんですよ。綾辻行人さんたちを輩出した有名な推理小説研究会も入っていて。戦前は弾薬庫として使われていた建物が、戦後に開放されてサークル棟になったらしい。戦時中グラウンドでは軍事教練も行われていたと。

 門井 なるほど、そういうお話も『八月の御所グラウンド』に繋がっていきますね。あまり詳しくは明かせませんが、実は歴史的に射程の長い小説でもありますから……。

単行本
八月の御所グラウンド
万城目学

定価:1,760円(税込)発売日:2023年08月03日

電子書籍
八月の御所グラウンド
万城目学

発売日:2023年08月03日

文春文庫
ぼくらの近代建築デラックス!
万城目学 門井慶喜

定価:924円(税込)発売日:2015年05月08日

電子書籍
ぼくらの近代建築デラックス!
万城目学 門井慶喜

発売日:2015年06月12日

こちらもおすすめ
プレゼント
  • 『グローバルサウスの逆襲』池上彰・佐藤優 著

    ただいまこちらの本をプレゼントしております。奮ってご応募ください。

    応募期間 2024/4/19~2024/4/26
    賞品 新書『グローバルサウスの逆襲』池上彰・佐藤優 著 5名様

    ※プレゼントの応募には、本の話メールマガジンの登録が必要です。

ページの先頭へ戻る