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自己責任論が強い今こそ読みたい、人と物の怪の「共生」を描いた物語

自己責任論が強い今こそ読みたい、人と物の怪の「共生」を描いた物語

上田早夕里

「播磨国妖綺譚」著者・上田早夕里さんインタビュー(1)

出典 : #文春オンライン
ジャンル : #歴史・時代小説

 自然豊かな播磨国(兵庫県南部)を舞台に、心優しい陰陽師の兄弟がさまざまな怪異に迫る――。上田早夕里さんによる「播磨国妖綺譚」シリーズの第一作『播磨国妖綺譚 あきつ鬼の記』(文春文庫)が12月6日に、第二作『播磨国妖綺譚 伊佐々王の記』(単行本)が、12月8日より発売されました。

 本作の発売を記念して、上田さんへ特別インタビューを敢行。『播磨国妖綺譚』の執筆経緯や、兵庫県にかつて存在した「陰陽師」の一族について、お話を伺いました。

『播磨国妖綺譚 あきつ鬼の記』(文春文庫)

京の都の人々からは「偽物だ」と疎まれた陰陽師たちがいた

――「播磨国妖綺譚」のストーリー着想の出発点をお聞かせください。

 私は生まれも育ちも兵庫県なのですが、今住んでいる地域に引っ越したときに、そこで昔「陰陽師」の一族が活躍していたと知って、とても驚いたんです。陰陽師といっても、政(まつりごと)にかかわる都の陰陽師とは違って、庶民の生活に寄り添った人たち。彼らは「法師陰陽師」と呼ばれていました。

 京の都の人々からは「偽物の陰陽師」として随分非難されていたようです。「本物の陰陽師ではないのに、陰陽師の恰好をして占いをしたり、祓ったりするのはけしからん」といったことが、『今昔物語』などにも書かれています。

 けれども、薬が簡単に手に入らない時代に、病気を治したり、お祓いをしてくれたりする法師陰陽師は、庶民の生活に必要不可欠だったはずです。名もない法師陰陽師の集団が、人々を助けながら暮らしていた――安倍晴明のようなカリスマ性のある陰陽師とは、また違った魅力を感じました。「播磨国妖綺譚」と、主人公の律秀・呂秀は、そのようにして生まれました。

 こちらの地域の法師陰陽師の祖先は、晴明のライバルとしても名高い蘆屋道満だと言われています。そこで、律秀・呂秀の兄弟も、蘆屋道満の血を引いている設定にしました。

――現在の兵庫県にも、陰陽師にまつわる史跡が残っているのでしょうか?

『播磨国妖綺譚 あきつ鬼の記』に登場する大撫山の間近には、公開望遠鏡としては世界最大級の天体望遠鏡を持つ「西はりま天文台」(兵庫県立大学天文科学センター)があります。昔は、あの山頂で陰陽師たちが観測をしていたようですね。天候などの条件が非常に良いので、いまでも天文台があるわけです。作中で、都からやってきた陰陽師が大撫山の風景を見て感銘を受ける場面がありますが、彼の目に映った景色を実際に私も見ています。

大撫山から見た雲海「兵庫県・佐用町」写真:アフロ

 ほかにも、薬草園があったと言われる場所だとか、加古川まで行くと道満ゆかりの古い井戸枠が残っていたり、物語を作る上での参考になりました。陰陽師の祖ともいわれる吉備真備が創設した廣峯神社もあります。どの場所も家から車ですぐに行けてしまうのが、嬉しい驚きでした。

――兵庫県にお住まいの上田さんに、今も室町時代も変わらない、兵庫県(播磨国)の特徴や美点をお伺いしたいです。

 兵庫県の南部は、気候が非常に安定しています。夏の降水量はやや少なめで、極端に厳しい寒さや暑さがない。いわゆる「瀬戸内海式気候」ですね。室町時代には、比較的穏やかな自然に、人が包まれて生きているような雰囲気だったでしょうね。海があるから外の世界とも交流があったし、山があるから収穫物も豊富だった。

夏の青い播磨灘(兵庫県明石市内の海岸)。写真:アフロ

 律秀・呂秀は、法師陰陽師でありながら、薬草園の面倒もみています。播磨国の地理的な条件から、「彼らは漢薬を作っていたんじゃないか」と想像しました。大陸の文化が直接入ってきた土地なので、漢薬を作っていた可能性があるかも、と。播磨国は、風水の理論に則って神社や城を配置していますし。

普段は尖った作品を書くことが多いけれど……

――律秀・呂秀は、庶民に寄り添う、思いやりにあふれた人物ですね。呂秀の式神・あきつ鬼や、都人の陰陽師など、全員に心優しい一面があって、読んでいて癒されました。

 普段は近代史を題材にした作品を書くことが多いので、自然と、内容も厳しく尖ったものになってしまうんですが、このシリーズだけは、「これまでの自分の作品とは正反対のものを書こう」と、最初から決めていました。室町時代も大変な時代ではあったのですが、「不便なこともあるけれど、のんびりやっています」という雰囲気を目指しました。

 執筆中にコロナ禍に見舞われたことも、本作の優しさを意識するきっかけになりました。「他人を追い詰めないためには、どうすればいいのか」とか「どうやったら人の心を救えるのか」といったことは、現在、ますます求められているように感じます。世の中が荒れているからこそ、こういった作品を出さなければならないし、私だけでなく他の作家さんたちも、一生懸命考えているのではないでしょうか。

「播磨国妖綺譚」シリーズ著者の上田早夕里さん。

――「自己責任論」が強くなっている現代だからこそ、律秀や呂秀の思いやりの深さや、物の怪と人の「共生」に強く惹かれる読者がいるのでは、と想像します。これから第一作『播磨国妖綺譚 あきつ鬼の記』を読む方に向けて、メッセージをお願いいたします。

『播磨国妖綺譚 あきつ鬼の記』は、「播磨国妖綺譚」シリーズの導入部分です。優しい内容なので、難しいことや怖いことは何も書いていません。美味しいお菓子を食べたり、お茶を飲んだりしながら、のんびり読んでいただけたらと思います。

「伝説をいかに小説として語り直すか」上田早夕里さんが思う怪異と現実の間〉へ続く

単行本
播磨国妖綺譚 
伊佐々王の記
上田早夕里

定価:1,980円(税込)発売日:2023年12月08日

電子書籍
播磨国妖綺譚 
伊佐々王の記
上田早夕里

発売日:2023年12月08日

文春文庫
播磨国妖綺譚
あきつ鬼の記
上田早夕里

定価:825円(税込)発売日:2023年12月06日

電子書籍
播磨国妖綺譚
あきつ鬼の記
上田早夕里

発売日:2023年12月06日

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