〈「一見すると、よさそうな施設でしたよね」しかし…評判がよくない老人ホームに潜入取材、同行したケアマネだけが“気がついたこと”とは〉から続く
この少子高齢化社会で、介護ビジネスに金脈を見出す人々がいる。ノンフィクションライターの甚野博則さんによると「老人は歩くダイヤモンド」と呼ぶ業者までいたという。
甚野さんは自身の母親の介護をきっかけに、制度について一から調べ、全国の現場を訪ね歩いて知った「介護業界のリアル」を『実録ルポ 介護の裏』にまとめている。
ここでは本書より一部を抜粋。疎遠だった叔父の死を取り巻く状況に疑問を抱いた、ある女性のケースを紹介する。(全4回の4回目/最初から読む)
◆◆◆
「身元保証」ビジネスの謎
介護業界の規模は年々拡大し、そのビジネス形態も多様化している。中には悪徳業者も紛れ込み、高齢者を食い物にしている現実がある。
〈叔父の死後、不可解な出来事が起きています。〉
2023年1月、週刊文春編集部に1通のメールが届いた。メールの差出人は、北陸地方に住む篠田亜紀さん(仮名)。メールの概要は次の通りだった。
生前の叔父は中部地方の老人ホームに夫婦で暮らしていたが、妻に先立たれた。叔父には2人の兄弟がいるが、高齢ということもあり疎遠になっていた。身寄りのない叔父は2022年7月に賃貸マンションで息を引き取った。
篠田さんが叔父の死を知ることになるのは、それから半年近くが経った翌2023年1月だ。裁判所から一通の封書が届いたことがきっかけだった。封書の中には「遺言書検認期日通知書」と書かれた紙が入っており、叔父の遺言書の検認手続きをしてほしいと書かれていた。
篠田さんは叔父の相続人という立場だ。ところが裁判所からの資料には、「大崎郁子(仮名)」という聞いたこともない女性の名前が、遺言書検認の申立人として書かれていた。叔父が遺言書で財産を渡すと指定した相手のことだと、篠田さんはすぐにピンときた。
この大崎郁子とは一体誰なのか。叔父は、どういう経緯で亡くなったのか。なぜ叔父の死後に姪である自分に連絡がなく、今になって裁判所から連絡がきたのか。様々な疑問が一気に押し寄せ、理解が追いつかなかったという。
篠田さんが疑問に思った点は他にもある。なぜ叔父は自宅があるにもかかわらず、老人ホームを出て賃貸マンションで一人暮らしをしていたのか。誰が叔父の葬儀をして、火葬を済ませたのだろうか。遺骨はどこに埋葬されたのか。叔父の自宅や賃貸マンションの荷物は誰が整理したのか。
そして最も不可解だったのが、なぜ叔父は大崎郁子に財産を渡すという遺言書を書いたのかということだった。そもそも遺言書は、叔父が本当に書いたものだろうか。
まるで後妻業のよう――。編集部に届いたメールには、そんな言葉も書かれていた。
遺産を受け取る女性は一体誰なのか?
遺言書の検認手続き日を通知された篠田さんだが、指定された日時に裁判所へ出向くことができなかったため、代わりに別の親族に出てもらうよう頼んだという。遺産を受け取る側の申立人・大崎も裁判所に出向くはずだったが、当日現れたのは大崎の弁護士だった。そこで、大崎郁子が叔父の身の回りの世話をしていたヘルパーであったことが明らかになったのだ。
ある日、篠田さんはその弁護士に電話をかけた。数々の疑問について弁護士から話を聞こうと考えたのだが、回答は曖昧なものだった。
「大崎の連絡先も、叔父の遺骨がどこにあるのかも教えてくれませんでした。遺言書を送って欲しいと頼んだのですが、催促のメールをしても、しばらく送られてくることはなかった」
苛立った彼女は、ケアマネ、ソーシャルワーカー、福祉事務所などに連絡をし、自ら調査を始めた。そして、生前の叔父を生活面でサポートしていたというNPO法人の名前を突きとめた。遺産を受け取る大崎郁子は、このNPO法人の職員だった。
同法人の主な業務は「身元保証」。親族にかわって老人ホームや賃貸物件の保証人になったりするサービスだ。ホームページでは、提携する弁護士が利用者のサポートをすると謳われている。このNPO法人は身元保証の他にも、葬儀支援や生活支援、遺品整理なども行っているという。
調べれば調べるほど、篠田さんのなかで、ある疑惑が深まっていった。
「弁護士もNPO法人も、大崎も寺も、みんなグルなのかもしれない……」
弁護士と約束した期日が過ぎても、篠田さんのもとには遺言書が郵送されてこなかった。彼女が地元の警察署へ相談に行くと、担当した刑事は「その話が本当なら、詐欺事件の可能性もありますよ」と話した。後日、刑事が弁護士に確認の電話を入れると、「これから準備して送ります」などと回答があったそうだ。
篠田さんはさらに調べ、叔父が老人ホームを退去し、介護を受けるためにと入居していた賃貸マンションの運営会社もわかった。訪問介護をしていた業者名、訪問ナースステーションや埋葬された寺院の名も同時に判明した。この寺院が運営しているSNSを見ると、NPO法人と繋がっているように思える記載もあったという。決定的証拠はないが、叔父の介護や死後に関わった関係者は全員繋がっているように思えてならなかったと、篠田さんは語る。
「叔父が埋葬されていたのは、中部地方にあるお寺でした。叔父は自分が死んだら(北陸地方の)実家近くにある菩提寺の墓にいれてほしいと言っていたと父から聞いていたので、なぜその叔父が、中部地方のお寺に埋葬されたのか疑問です」(篠田さん)
月に140万円もの請求が
篠田さんが独自に手に入れた複数の資料を見ると、不可解な点がいくつもある。
例えば、叔父が亡くなった月の請求書には、「葬儀代 22万円」と共に、葬儀会社名が記されていた。「永代供養代 50万円」という記載もある。近県に身寄りがないのに、本当に22万円の葬儀を行ったのか。そして、なぜ永代供養代が50万円もかかる寺に埋葬されたのだろうか。
さらに請求書からは、叔父の家にNPO法人がヘルパーを一名派遣し、生活支援をしていたことが読み取れる。日曜日以外の毎日18時から19時半まで、叔父の賃貸マンションで生活支援を行っていることになっていた(月曜日に限っては2時間)。よほど遠くから通っていたのか、交通費は毎日1696円も請求されている。
生活支援に関する請求書を辿っていくと、2022年7月の請求額は、なんと約110万円にものぼっていた。それだけではない。叔父は居宅介護支援事業所による介護サービスを利用していたようで、その額は月額約30万円にものぼっていた。2つの請求を合計すると、多い時は月に140万円も、介護にかかっていたことになる。
それらの費用は叔父の死後、NPO法人などに入金されている。だが、振込明細をよく見てみると、死んだはずの叔父が入金していることになっているのだ。振込明細の支店番号から、NPO法人の所在地のすぐ近くのATMを特定できたが、一体誰が入金を行ったのだろうか。
突然の「相続放棄」宣言
大崎の弁護士からは後に遺言書が送られてきたが、そこには確かにこう書かれていた。
〈大崎郁子(以下住所の記載)に対して遺言者が所有する全ての遺産を遺贈する。〉
遺言書の日付は2021年12月17日、叔父が亡くなる約7か月前のことだ。
大崎の弁護士は篠田さんと電話でこうやり取りしたという。
――(篠田さん)普通、赤の他人に財産を全て遺贈するという遺言書を作成させますか?
弁護士「いや、このNPO法人では入所者の方たちに遺言書を作成させて葬儀などをしていますよ」
――死亡後の後始末にかかる費用があるのなら、大崎郁子に全財産を遺贈するという遺言書を作成しなくても、NPO法人に叔父の預金を寄付するという契約を結べばいいだけではないですか?
弁護士「寄付という形にするとNPO法人に税金がかかるから大崎個人にしたのです。死亡後にかかった費用を精算して残りは親族に返します」
――死亡後に精算し、残りの預金を親族に返すつもりなら、遺言書を作成させなくてもいいのでは?
弁護士「じゃあ、通帳を送付しますよ」
弁護士の話は、その場しのぎの対応にしか聞こえなかった。大崎はNPO法人の職員として身の回りの世話をしていただけのはずなのに、なぜ遺産を大崎個人が受け取るのか。その疑問に対する明確な回答も得られることはなかった。
説明してもらおうと手紙を書いたところ…
「納得できないことが多々あったので、一つ一つ説明してもらおうと、ケースワーカーを通じて大崎郁子に手紙を書きました。すると今度は大崎の方が、『相続を放棄する』と弁護士を通じて言ってきたのです。弁護士さんからも経緯をまとめた手紙を頂きましたが、細かなことは書かれておらず、真相は分からないままでした。私が騒いだため『これはまずい』と思ったのでしょう。大崎は相続を放棄することになりましたが、この人たちは叔父の他にも同じような手口で遺産を得ているのかもしれないと思ったのです」(篠田さん)
弁護士を通じてNPO法人から送られてきた手紙には、事の経緯が次のように記されていた。
〈NPO法人及び大崎郁子としましては、ご親族との連絡が困難な案件として、ご紹介を受けており(略)ご親族のお話を一切伺うことはありませんでした。従前居住していたご自宅の片づけ業者からも頻繁にご親族とやり取りしている様子との報告もなく、また、施設入所後、ご親族からの書面のやり取りや電話連絡等も一切なかったことから、連絡不可能と判断した次第です。〉
遺言書作成の経緯についても釈明があった。
〈ご自身が亡くなった後の対応を懸念しており、ご親族にも頼ることができない、施設やNPO法人に迷惑をかけたくないからという理由で遺言書作成のご希望がありました。〉
遺言書作成の際には、NPO法人の職員一名と、大崎郁子が立ち会いの上、介助しながら作成したというのである。
最後は、こう結ばれていた。
〈当方としましては、遺言書が無効とは考えておりませんが、ご相続人の皆様のご意向に反して、手続きを進めるつもりは全くありません。大崎においては、家庭裁判所に相続放棄の申請をする予定です。〉
NPO法人、ヘルパー、片づけ業者、葬儀屋、寺、弁護士などが連携し、死が近い高齢者に群がって儲けようとしていたのではないかと、篠田さんは今も疑っているという。
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