- 2024.09.02
- 読書オンライン
お仏壇の供え物はアリ塚に、ゾロゾロと寝床に侵入! 底なしの繁殖力で知られるアルゼンチンアリの驚異の生態とは?
砂村 栄力
砂村栄力『世界を支配するアリの生存戦略』(文春新書)より
「アリとキリギリス」に書かれる働き者で好感度の高いアリのイメージは今や昔、近年では「殺人アリ」として報道されるヒアリをはじめ、外来アリの侵入と繁殖力は日本列島を脅かしつつある。身内(巣の仲間)には優しくとも人間を含め他の生物には無慈悲な外来アリは、私たちの生活のすぐそばまで迫ってきているのだ。その世界を支配するアリの生存戦略とは?
外来アリのなかでも1つのコロニー(群)が大陸を超え、世界を股にかけた圧倒的なスケールで知られるアルゼンチンアリの生態・駆除研究で東大総長賞を受賞、化学メーカーでは殺虫剤の研究に従事し、その写真作品で数々の賞も受賞、アリを追いかけて五大陸を踏破した異色のアリ研究者による『世界を支配するアリの生存戦略』(文春新書)。発売になったばかりの本書より一部抜粋してお届けする。
※「一般的なアリの社会」の項目は本書より冒頭のみを記載。本の中では一般的なアリの社会についても丁寧に解説しています。
◆◆◆
一般的なアリの社会
通常のアリは一つひとつのコロニーがこじんまりしており、1箇所の巣に全員が暮らしているか、狭い範囲にあるいくつかの巣に分散して住まっている。コロニー内に女王は1匹のみか、種類によっては何匹かいるものもある。そして、ちがうコロニー同士は敵対関係にあり、餌やなわばりをめぐって闘争する。同じコロニーのメンバーは血縁関係があるので協力し合うのだが、ちがうコロニー間には血縁関係がないので、たとえばちがうコロニーの個体に餌を分け与えたり手伝ったりしてしまうとタダ働きとなり、自分のコロニーのことがおろそかになってしまう。そのため自分のコロニーの行動圏で出会ったちがうコロニーの個体を厳しく排除しようとする。
侵略的外来アリの社会
侵略的外来アリは、一般的なアリに比べ、はるかに大きなコロニーを作るのが特徴である。多数の女王がいる多数の巣が一つのコロニーを構成しており、これらの巣同士は互いに敵対せずアリが自由に行き来したり協力しあったりする。コロニーに含まれる巣があまりにも広範に分散しており、遠く離れた巣の個体同士は直接交流することがほとんどあるいは全く起こらなさそうなレベルであることから、この巨大コロニーは「スーパーコロニー」と呼ばれる。
一般的なアリよりコロニーが巨大化するのは、侵略的外来アリが近隣への巣分かれの仕組みを持っているからである。侵略的外来アリでも一般的なアリと同様に繁殖期には羽アリが出現するが、新女王は結婚飛行をするのでなく、母巣内でオスアリと交尾を済ませる。交尾を済ませた新女王は、母巣の働きアリとともに近隣にできた巣に引っ越しをする。母巣と、巣分かれによってできた巣とは、血縁関係があるため敵対関係にはなく、むしろアリの行列を介してつながっており、お互いを自由に行き来して連携しあう関係にある。このように、まるで植物が栄養生殖によって株を増やしていくように、侵略的外来アリは侵入した場所で巣分かれによって巣のネットワークを拡大していき、地域全体が一つのスーパーコロニーとなる。
スーパーコロニーを形成することにより、侵略的外来アリはたくさんの巣が連携して効率的なリソース配分をすることができる。たとえばスーパーコロニーのテリトリー内に良い餌場ができればその近辺の巣に増員をかけるし、敵が出現した場合もその周囲に戦闘要員を次々送り込み応戦する。逆に一部の巣をとりまく環境が悪化した場合には巣を捨て、周辺の環境の良い巣に避難することもできる。
市街地のように人間によって巣場所がしばしば攪乱されるような環境ではスーパーコロニー制はとくに有利と考えられている。そして何より、一般的なアリと異なり近隣の同種のコロニーとのなわばり争いに費やすコストが大幅に低減されるので、その分のエネルギーを繁殖に投資することができる。このように、スーパーコロニー制は侵略的外来アリに、非常に高い効率性と繁殖力をもたらす。
なお、スーパーコロニーを形成するのは必ずしも侵略的外来アリだけではない。じつは日本在来種であるエゾアカヤマアリも、北海道の石狩浜で連続約10キロメートルにわたりおよそ45000個の巣から成るスーパーコロニーを形成していることが1970年代には知られており(Higashi and Yamauchi 1979)*1、アルゼンチンアリのスーパーコロニーが知られるまではエゾアカヤマアリのスーパーコロニーが世界最大とされていたほどだ。
スーパーコロニーの進化史
しかし、スーパーコロニー制は進化生物学的には合理的とはいえないという指摘がある(Helanterä et al. 2009)*2。というのも、スーパーコロニーの外部から同種のオスがやってきて交配したりすると、スーパーコロニーのメンバー間の血縁度が低下する。世代を重ねてこのような事例が積み重なると、メンバーの血縁関係がどんどんうすれていき、最終的にほとんど赤の他人同士となってしまう。そうなると、協力関係を維持する(分け隔てなく利他行動をする)メリットは全く無くなると考えられる。
したがって、スーパーコロニーの中で自分と血縁度の高いメンバーを識別して特に縁者びいきする突然変異分子が出現し、スーパーコロニーが崩壊するのではないかと推測する研究者もいる。その傍証として、今日、スーパーコロニー形成種はアリ類全体の系統樹の中で散発的に見られる。特定の亜科や属で進化して有利となりずっと継承されている、というような感じではない。このことから、スーパーコロニー制は進化の袋小路的な存在で、ときどき出現してはやがて滅びるようなことが起こっているのではないか、という推論がある。
とはいえそもそもスーパーコロニー間の交配が自由に起きるのかといったことを含めスーパーコロニー形成種の配偶システムがそれぞれの種について詳しく分かっていない部分もあるので、スーパーコロニー制の進化メカニズムや行く末については今後も研究が必要だ。これまでの研究で興味深いことが分かってきており、たとえばヒアリには多女王制のコロニーと単女王制のコロニーがあり、どちらになるかはGp-9という一つの遺伝子によって制御されている。
*1 Higashi S, Yamauchi K (1979) Influence of a supercolonial ant Formica (Formica) yessensis Forel on the distribution of other ants in Ishikari Coast. Japanese Journal of Ecology, 29: 257–264.
*2 Helanterä H, Strassmann JE, Carrillo J, Queller DC (2009) Unicolonial ants: where do they come from, what are they and where are they going? Trends in Ecology & Evolution, 24: 341–349.
コカミアリでは女王とオスの交配によって働きアリが生まれるのは他のアリと同様だが、新女王と新オスはそれぞれ親女王と親オスのクローンになるという特殊な繁殖システムが発見されている。ヒアリにおけるスーパーコロニー制進化の説明は一筋縄ではいかないが、コカミアリのようなクローン繁殖ならそりゃスーパーコロニーにもなるわな、と直感的には理解できる。
アルゼンチンアリでは血族内での交配を守るべく、働きアリが外部から血縁関係のないオスの移入を禁止しており、かつ巣内でも自分たちと血縁関係が低めの女王を処刑して間引くことによって一夫一妻仮説の前提に近い条件を保とうとしていることが分かってきている。
社会性以外にもある外来アリの強さのヒミツ
スーパーコロニー制に加えて、複数種の侵略的外来アリが共通して持っており、その侵略性の要因になっていると推測される生態学的な要因がいくつかある。まず、これは外来アリに限らず外来種全般でよく言われていることだが、天敵や競争相手からの解放である。生物には基本的に必ず捕食者や寄生者といった天敵がいて、それによって特定の生物だけが増えすぎることなく、生態系のバランスが保たれているものである。
しかし、外来種は侵入先では原産地にいた天敵がいないため、異常に増えてしまう。外来アリの場合、たとえばヒアリでは、寄生性のノミバエが原産地では有力な天敵の1つとなっている。このノミバエのメス成虫は、地表を活動するヒアリの胸部に卵を産みつける。孵化したウジはヒアリの体内に侵入し、食い進む。寄生されたヒアリはすぐには死なないが、しだいに動きが鈍くなっていき、最後はハエのウジに首を切り落とされ、やがて食い尽くされた頭の中からハエの成虫が出てくる。ノミバエはヒアリにとって脅威であり、ノミバエがヒアリの行列に近づいてくるとヒアリ達は巣の中に逃げ込むなど、寄生を免れたとしても活動を大きく制限される。私たち人間も2020年以降コロナウイルス感染をおそれて外出などの自粛を強いられたが、原産地のヒアリは常にこのような状況にさらされているというわけだ。
また、コロナウイルスではないが、病原性のウイルスや微生物もアリにとって有力な天敵で、たとえばアメリカ南東部に侵入して近年問題になっているタウニーアメイロアリNylanderia fulvaというアリに対して微胞子虫という微生物の仲間を人為的に感染させることで地域全体の個体群に大ダメージを与えることに成功した事例が知られている。
加えて、原産地で切磋琢磨してきた競争相手が侵入先ではいない、というのも外来種にとって大きなアドバンテージになる。外来アリでいえば、アルゼンチンアリ、ヒアリ、コカミアリ、タウニーアメイロアリといった著名な侵略的外来アリはいずれも南米原産でお互いに競合関係にあり拮抗しているが、侵入先ではこれらの制約から解放されて単独で大暴れできる。例えば上でタウニーアメイロアリは微胞子虫に弱いという話をしたが、このアリはヒアリとの闘いには強く、ヒアリの毒を中和して無効化するという技を持っている。一方、侵入先の在来アリは、外来アリの武器や先方に適応していないので、外来アリに対して無防備で、やられてしまいやすい。
次に、植物食性が強いことも、外来アリを侵略的にする要因の一つと言われている。多くのアリは雑食性だが、先に述べた進化の過程でいう狩りバチのグループに属するので、基本的には肉食動物の部類に属する。侵略的外来アリも雑食性だが、とくにアブラムシ・カイガラムシ類の分泌する甘露や花の蜜などをよく摂取する。アブラムシ・カイガラムシ類の分泌する甘露は、これら吸汁性昆虫が植物から吸った師管液をほぼそのまま排出しているものなので、それを食べるのは植物食と言って良いだろう。
ここで中学の理科で習う「生態系ピラミッド」を思い出してほしい。生物は食べたものの全てを自分のエネルギーにすることはできないのでロスが生じ、生産者(植物)、低次消費者(草食動物)、高次消費者(肉食動物)の順に数が少なくなっていく仕組みになっている。この枠組みの中で、侵略的外来アリはかなりの低次消費者ということになる。そのため、アリ類の中でもとくに個体数を増やすことができるのである。甘露に豊富に含まれる炭水化物をエネルギー源として、侵略的外来アリは活発に動きまわる。そして餌メニューの一部として他の昆虫なども食べ、それら生物に大きな影響を与えてしまう。
以上で説明してきたスーパーコロニー制、天敵や競争からの解放、植物食性。これらはいずれも外来アリの侵略性に寄与していると考えられている。
砂村 栄力(すなむら・えいりき)
昆虫学者・写真作家。1982年東京生まれ。東京大学大学院にて外来種アルゼンチンアリの生態および駆除に関する研究を行い博士の学位を取得(東京大学総長賞受賞)。その後、住友化学株式会社での殺虫剤の研究開発を経て、現在は国立研究開発法人森林研究・整備機構 森林総合研究所にて害虫の駆除研究に従事(林野庁出向中)。専門とするアリやカミキリムシなどの外来生物を材料に、生態の記録や美術作品の制作も行っている(田淵行男賞写真作品公募 アサヒカメラ賞受賞)。日本自然科学写真協会会員。東京大学非常勤講師(昆虫系統分類学)。共著に『アルゼンチンアリ 史上最強の侵略的外来種』(東京大学出版会)、『アリの社会:小さな虫の大きな知恵』(東海大学出版部)などがある。本書が初の単著となる。
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