〈「足が明らかに腐っている……」日本人の10人に1人が発症する糖尿病が、痛みもなく無自覚な「サイレントキラー」と呼ばれる理由〉から続く
年間3万人を診察する総合診療医の伊藤大介さんは、「健康診断こそが深刻な病気の『芽』を摘むことができる唯一の方法です」と強調する。
そんな伊藤さんが初の著書『総合診療医が徹底解読 健康診断でここまでわかる』を10月20日に刊行した。
血圧、血糖値、コレステロール、腎機能、がん検診……など検査数値の見方が180度変わる実用的なポイントが満載の内容になっている。今回は本の中から、日本の健康診断がいかに優れているか、世界各国と比較した箇所を抜粋して紹介する。
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中国、東南アジアから日本の人間ドックを受ける人が増えている
以前、香港の経営者の方が、私の医院に自費で健康診断を受けに来たことがありました。自国の健診では毎年「異常なし」と言われていたそうですが、その時の健診ではごく初期の消化器系の疾患が発見されました。それを知って彼は「日本のきめ細かな診断がとても参考になった」と感謝していました。
近年、中国や東南アジア諸国からわざわざ人間ドックを受けに来る人も増えています。皆が口を揃えて言うのは、「日本の検査は丁寧で、精度が高い」ということです。アジア圏だけでなく世界的に見ても、日本の健康診断は非常に高いレベルにあると言えます。
一方で「健康診断は余計な治療を増やしてしまう」「受けても害ばかりでメリットはない」などと批判する医師や識者たちは、必ずと言っていいほど「これほど健康診断を受けさせるのは世界でも日本だけ」といった主張もします。
たしかに、日本では1年に1回行われる「定期健康診断」や、会社に入る時に受けることが義務付けられている「雇入時健康診断」、さらに「特定業務従事者健康診断」「海外派遣労働者健康診断」と、労働安全衛生法で定められた4種類の健康診断があります。それに加えて40歳から74歳までの公的医療保険加入者を対象とした「特定健康診査(特定健診)」もあるなど、かなり手厚く実施されているのは事実です。国民が健康を維持するための最低限のラインが保たれているのが今の健康保険制度だと言えます。
「セーフティネット」と「オーダーメイド」の2段構え
定期健康診断や雇入時健康診断は11項目も検査を受けることができ、海外派遣労働者健康診断では、追加で医師が必要と認めた場合に腹部画像検査やB型肝炎ウイルス抗体検査を受けることもできます。
いずれも会社などが費用を負担するので、自己負担はありません。
さらに、第10章、11章でも説明したように、自分で追加料金を支払えば、がん検診や人間ドックなどのオプション検査も受けられる。いわば「2段構え」の制度になっているのも大きな特徴です。
健康診断に対して、様々な批判があるのは分かりますが、私自身は、この手厚い「2段構え」の制度は、やはりとても優れたシステムだと思います。
健康診断が、国民全体の健康レベルの底上げを図る「セーフティネット」としての役割を担い、オプション検査が個人個人の状態やリスクに応じてより深く掘り下げる「オーダーメイド医療」への入り口としての役割を担っている。
完全に画一的な健康管理ではなく、一人ひとりの状況に合わせた最適なケアを可能にする、非常に合理的な仕組みです。
それは実際に世界の健康診断をめぐる状況と比較しても明らかです。
欧米を見渡すと、日本の健康診断のように整った制度は、ほとんどないのが実情です。アメリカでは公的な保険は限定されていて、民間保険に自ら加入するか、あるいは雇用主を通じて加入する仕組みになっています。仕組み自体も非常に複雑で、保険の種類によって支払われる金額が異なっていたり、受けられる医療の内容も変わったりします。
アメリカの肥満率は約41%、日本の肥満率は約5%
一人ひとりの加入している保険内容が異なるため、日本の定期健康診断のように一律に実施することが難しく、受診も義務付けられていません。
あくまでも個人の判断で受けるかどうかを決めなければいけない。
強いて挙げれば、1年に1回行う「Annual Physical Exam」と呼ばれる健康診断のような制度があります。基本的には無料ですが、検査項目としては身長、体重、血圧、尿検査、血液検査を行うのみです。胸部レントゲンや心電図のような画像検査はありませんし、医療上必要がないと判断される検査は、保険が利かないため全て自己負担です。
WHO(世界保健機関)のデータによれば、2021年時点の平均寿命は日本が84.5歳で世界トップクラスであるのに対し、アメリカは76.4歳と、他の先進国と比較してもかなり低い水準にあります。またOECD(経済協力開発機構)のデータでは、生活習慣病の温床となる肥満率(BMI30以上)は、日本が国民全体で約5%であるのに対し、アメリカは約41%(2023年)と深刻な状況です。
食生活や経済状況など様々な要因もからむので、一概に健康診断制度だけの問題とは言えませんが、アメリカの健康に関する指標が、先進国平均と比べて明らかに低いことは事実です。
国民皆保険制度がなく、病気を早期発見する健康診断を十分に受けられない状況が、こうした差を生む一因と考えられるでしょう。
「健康は個人の責任で維持するもの」という欧米の考え
イギリスにも日本のような健康診断はありません。
イギリスは独特の医療制度になっていて、国民はどんな病気を発症したとしても、まずは「一般医(General Practitioner=GP)」と呼ばれる、かかりつけ医の診察を受けることになっています。たとえ深刻な病気の場合でも、専門医の診察や高度な検査を受けるためには、一般医からの紹介が必須であり、ある程度、緊急性の低いケースでは数カ月もの長さで診察を待たされることも珍しくありません。
それぞれの一般医が患者さんたちの健康を把握し、必要だと思った検査のみを受けさせるシステムになっているので、日本の健康診断のように全身を網羅する健診制度は存在しないのです。
例外的に子宮頸がんや乳がんの検診など、費用対効果が証明された特定の病気に対するスクリーニング検査があるのみです。
このようにアメリカやイギリスをはじめとする欧米では「健康は国や企業から与えられるものではなく、個人の責任で維持するもの」という考えが根強くあります。日本の健康診断は法律で義務付けられ、健康管理をするうえで必要な検査項目が費用の負担なく自動的に受けられるので、その点、かなり恵まれた環境にあると言えるでしょう。
伊藤大介(いとう・だいすけ)
1984年、岐阜県生まれ。東京大学医学部卒業後、同大医学部外科博士課程修了。肝胆膵の外科医を経て、その後、内科医・皮膚科医に転身。日本赤十字医療センターや公立昭和病院などを経て、2020年に一之江駅前ひまわり医院院長に就任。1日に約150人、年間3万人以上の患者を診察する。日本プライマリ・ケア連合学会認定医、同指導医、日本病院総合診療医学会認定医、マンモグラフィ読影医。2025 年に日本外科学会優秀論文賞を受賞。








