いま世界的な問題となっている、若い男性をむしばむマノスフィア(女性蔑視のインフルエンサーたち)の洗脳の実態とは? 最新刊『それはどこでも起こり得る 壊れゆく世界への抵抗』を上梓したイギリス在住のブレイディみかこ氏が、世界的な保守化とSNSアルゴリズムの危うい関係を紐解く。
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「憎悪の政治」の時代
――昨今SNSでは、トランプ大統領をはじめ、政治家がしばしば感情をむき出しにして、暴言を吐いたり他国や政敵を蔑んだりしています。そんな殺伐とした投稿に「綺麗ごとよりは露悪的な正直さのほうがマシ」と言わんばかりに、同調してしまう人々も多い現状をどうご覧になっていますか。
ブレイディ かつてなくSNSが政治に影響をもたらすようになり、今や「ファンダムの政治」になったと言われています。誰かを熱狂的に「好き」という感情で駆動される政治的なムーブメントは、裏を返せばそこには別の誰かに対する「嫌悪」や「憎悪」があります。むしろ本質は「憎悪の政治」の時代になったということじゃないでしょうか。
憎悪はSNSで盛り上がる花形コンテンツです。誰かは嫌いだとか、誰は誰に嫌われているといったネガティブな感情は、人を強く惹きつけて反応させたくするものです。するとSNSへのエンゲージメント時間が長くなって、インフルエンサーにとってもプラットフォーマーにとっても収益性が高くなる。誰かの悪口や罵詈雑言、批判して嘲笑したりするようなショート動画は、いいね!を集めたい人の格好のツールです。
――SNSは手段を問わず注目を集めたもの勝ちの世界ですから、非常に負の感情が増幅しやすいですよね。
ブレイディ 「憎悪の政治」でいうと、イギリスでのスターマーおろしの過熱っぷりは興味深い現象でした。先般スターマー首相は下院の補欠選挙の結果を受けて辞任を発表しましたが、今まで30年間歴代首相を見てきた中で、こんなに嫌われた首相はいないというくらい「憎悪の対象」となっていました。無論、彼の政治的な欺瞞――私もその日和見的な政策は全く支持できませんが、それを置いておいても、これだけ嫌われた理由の背景にSNSの影響を否めません。
例えば、前労働党党首のコービンもボロクソに言われるヘイト投稿を大量に投げつけられていましたが、左派の中でも極端な立場だったこともあり、良きにつけ悪きにつけ守ってくれる兵士のような味方の存在が厚かったので、ネット上の憎悪の連鎖がある程度抑制されていたと思います。
あるいは、いま大躍進しているリフォームUKのファラージ党首のような極右は、批判が押し寄せても信者たちがガッチリ守るわけです。サッチャーだって、ボリス・ジョンソンだって、その強烈なキャラゆえに徹底的に嫌う層がいる一方、守ってくれるファンダム的な層が厚かった。
ところがスターマー首相はぼやっとした「無難な人」だったので、ヘイターと戦ってくれる強固なファン層がいません。だから一度SNSで嫌われ始めると、どこまでも憎悪に歯止めがかからず、ネガティブな感情が広範に拡散されていったという分析記事もありました。
――高市首相も、これだけ多くの批判があっても、守っている信者層が厚いですね。
ブレイディ 信者層を厚くするには共通の敵をつくって、SNSで叩く戦略が効果的です。いわばSNS上の憎悪の拡散を糧にポピュリズムの政治勢力は伸びていくのが特徴的です。
極端に保守化するZ世代とマノスフィア
――あと、本書の衝撃的な指摘のひとつは、ネットに広がる「マノスフィア」の政治的影響力のインパクトでした。
ブレイディ トランプ再選にも大きな役割を担ったと言われているのが「マノスフィア」――男らしさや女性嫌悪を推進する、若い世代を中心としたインフルエンサーの緩やかな集合体です。アメリカのZ世代が右傾化し、その多くがトランプに投票したのはマノスフィアの影響によるものと言われています。
マノスフィア的なものは昔から存在していて、90年代ぐらいからずっと言われてきたことではあるんです。日本で言えば「非モテ」とか「弱者男性」とか呼ばれるような問題と似ていますよね。それがいきなり盛り上がって低年齢化したのは、イギリスの場合はコロナ禍以降だと思います。
コロナ禍のロックダウンの時期に、血気盛んな中高生の男の子たちが外で体を鍛えたりクラブ活動ができなくなって何をしたかというと、YouTubeで動画を見ながら家でジムでやるようなトレーニングをし出したんです。アルゴリズムで筋肉増強サプリの案件動画みたいなのにも繰り返しさらされるわけですが、実はそういう商品の宣伝をやっているのはマノスフィア系のインフルエンサーであることが多い。ネットで大きな影響力をもつ「マノスフィア・キング」と呼ばれる人たちは、「男たちをもう一度世界の中心にしろ。女をのさばらせるな」と主張して人気を得ています。
――そんな危険なメッセージに日々さらされるわけですか。
ブレイディ そうなんです。日々そういうコンテンツを大量に浴びて洗脳されてしまう男の子たちも出てきて、社会問題になっています。学校の女性教員に対して女性蔑視的な態度をとる子が増えたとか、母親に対するDVが増えたとか、耳を疑うような言動をする子どもたちが出てきた。青少年に及ぼすマノスフィアの思想的危険性を描いて世界的に話題になったのが、Netflixドラマ『アドレセンス』ですよね。
〈世界29カ国〉Z世代の衝撃の統計
――確かにあのドラマは衝撃でした。
ブレイディ あのドラマを見て、最近うちの子どもの言動が変わったが、自分の部屋でそんなものを見ていたのかと絶句した親が相当数いたと思います。一番象徴的なのは、女の子を殺してしまった男の子のお父さんが言うセリフです。「昔の親は子どもが夜遊びに行くと心配したけれど、自分の部屋にいる限りは安全だと思っていた、でも実はそここそが危険な場所だとは思わなかった」と。
いま若い世代の一部の男子が極端に保守化しているというのは、イギリスの親御さんたちが共通してもつ感覚だと思いますが、マノスフィアのインフルエンサーたちは、「女は家庭のことをやって、子を生んで、家を守るために存在する」という家父長制を絵に描いたようなことを言います。まるで、女性の権利が数世紀戻されてしまったかのようですが、世界的に若い世代の男性が保守化している背景には、マノスフィアとSNSの強い影響があることは否めません。
実際、統計的にも、キングス・カレッジ・ロンドンとIpsosの共同調査では、英国、アメリカ、ブラジル、オーストラリア、インド、日本など世界29カ国で、Z世代(1996~2012年生まれ)の男性の31%が「妻は夫に従うべきだ」と考えています。ベビーブーマー世代(1946~1964年生まれ)は13%に過ぎないのに。また、Z世代の男性のほぼ4分の1(24%)が、「女性はあまり自立しているように見えたり、自己完結しているように見えたりするべきではない」と考えているという衝撃的な結果も発表されています。
執拗に流される“難民が押し寄せる”動画
――Z世代の男性の保守化がすごいですね。さらにいうと、排外主義の高まり、移民問題の過熱感にも、ネットやSNSの影響が深く関係していそうですね。
ブレイディ まさにそうで、イギリスでも昨年、小型ボートでやってくる難民の映像が、大手メディアのニュース番組やBBCのYouTubeのチャンネルやSNSでも繰り返し流されていました。連日ああいう動画を浴びると、ものすごい人数が各地の港からどっと入ってきているように見えますが、実際に難民が到着する港ってケント州ぐらいの限られた場所なんです。
イギリス政府が「本日の小型ボートで到着した人数」という数字を公式サイトで公表していますが、今年になってその数字は驚くほど少ない。でも、動画だけ見ていると、何百万人も難民がわんさかやって来ているという印象を持たされてしまいます。
――冷静な報道よりも、主要メディアも「アテンション・エコノミー」に取り込まれているように見えます。
ブレイディ 結局メディアも稼ぎたいから、たくさんの人に見てもらうために、エンゲージメントを高めるコンテンツを流すんですね。恐怖心や憎悪を煽るものは「見たい」「知りたい」気持ちを掻き立てるので、負の感情を増幅させるものが花形コンテンツになってしまう。移民の犯罪映像を流せばSNSで拡散され、さも国中が移民の犯罪だらけのイメージが出来上がります。
アメリカはICE(移民・関税執行局)に莫大な予算と権限を与えて、過激な移民狩りを行っていますが、リフォームUKも政権を取ったら、同様の組織を作ると発表しています。リフォームUKに支持を奪われている保守党も、同じような政策を約束していますから、両党の連立で保守政権が誕生したら、イギリスにもICEのようなものができるでしょう。まさに、「それはどこでも起こり得る」状況です。
憎悪の政治に抵抗する
――憎悪の政治をSNSが加速させるような世界で、果たしてどんな抵抗が可能だとお考えですか。
ブレイディ ひとつヒントになるかもしれない体験をお話しすると、私はいま、地元でフードパントリーのボランティアをやっているんですよ。公民館みたいなところでやっている小さなフードバンクで、コロナ禍のロックダウンの時に買い出しに行けない近所のお年寄りを支援するネットワークができて、今は地域の貧困の方への食料援助を行っています。元々公営住宅地で裕福な地域ではないので、困っている方がたくさんいて。
そんな場所でボランティア活動をする人には伝統的に左派が多くて、緑の党が好きな大学生ボランティアたちが何人もいますが、中にはリフォームUK支持のおじいちゃんボランティアもいます。だから、両者が同じシフトになると、最初はお互いに反目するんですね。
――話も全く噛み合わなさそうですね。
ブレイディ おじいちゃんが差別的な発言とかするたびに、若い子たちから「それは間違っています。最新の統計ではこうです」とか怒られたりするんですね。でも、そんなおじいちゃんも、貧困の人たちを助けたいという思いは強いので、倉庫から荷物を運んだりパントリーに来る人の対応をしているうちに、だんだん若い人と仲良くなる。
――どう変わっていくんでしょうか。
ブレイディ 例えば、フードパントリーには生理用品も置いてあるんですが、いろいろな人がやってくる中で、女性が取りにくそうにしているのを見て、そのおじいちゃんが「衝立を立ててエリアを分けた方がいいんじゃないか」と言い出したんです。私たちはびっくりして、「あ、この人はちゃんと女性の靴を履いているんだ」と。そして、最初の頃は移民の私に目も合わせなかったのに、シフトを重ねるうちにだんだんジョークを飛ばすようにもなってきたんですよ(笑)。
SNSの世界では修復不可能に見える政治的な亀裂も、顔を突き合わせて一緒に仕事をしていると、ぜんぜん違う融和的な世界が広がっていくことを日々実感しています。
身体性のある世界に広がる天国感
――ひとつ希望となるエピソードですね。
ブレイディ 本当にリアルな人間関係は、また別世界なんです。SNSのアルゴリズムの世界では、恐怖と憎悪がどんどん増幅されて、互いに修復不可能なところまで分断してしまう。最初のスターマーの話じゃないけれど、一度嫌われたらとことん嫌われて、極端なところまでいきがち。そんな負の感情ばかり増幅される世界では、もう全部ぶち壊してしまえという加速主義にまで行ってしまう。
でも、身体性のあるところには真逆の世界が広がっています。顔を合わせて付き合っていくうちに、お互いにだんだん物の言い方も変わるし、こういう思想の持ち主だけどこの部分は優しいね、とか、壁を乗り越えていける余地が出てくる。最初はみんなSNSの世界を引きずって、反目し合うんですよ。でも、「ちょっとこれ運んで」とか「子どもと一緒に遊んであげよう」とか一緒に仕事をしているうちに、時間をかけて少しずつ変化していきます。
SNSのアルゴリズムで極端に引っ張られていく世界と、顔を突き合わせて普通に付き合っているリアルな世界の落差が、今どんどん大きくなってきている。SNS空間が殺伐とすればするほど、後者の人と人が助け合う世界が天国感を増しているように私は感じています。地べたで身体性を取り戻して対話することは、壊れゆく世界への抵抗の糸口になると信じています。







