次に気鋭から新鋭までの諸作を見ていくと――。
伊東潤の『死んでたまるか』は、司馬遼太郎の『燃えよ剣』を仮想敵にした作品。その心意気や良し。
本作の主人公は『燃えよ剣』の敵役的存在、大鳥圭介。滅びの美学を貫いた土方歳三に対して生き残る側を引き受けた大鳥圭介が、己の負の死生観を正のそれに転換。決してあきらめない姿を、現代社会へ投影して描いた力作。
本年度の伊東作品には『武士の碑』(PHP研究所)、『鯨分限』(光文社)等、優れた作品が目白押しで、どれを選ぶか迷うことしきりであった。
ちょうどこの作品を読んだとき、東日本大震災四周年のニュースで、母親を見捨てざるを得なかった女生徒が、犠牲者たちの祭壇の前で、自分の心情を朗読するのを見、思わずこれだ、と本作の大鳥を思い出さずにはいられなかった。生き残ることを引き受ける辛さ――それが身にしみて伝わってきた。
澤田瞳子の『若冲』については、まずこういいたい。『若冲』は直木賞を逸した。しかし、直木賞も華を逸した、と。
本作は、奇態の画家、若冲を描いた前人未踏の作品である。凡人は若冲の表面に現われた向日性を見る。しかしながら作者は、その内奥の闇に深く根を降ろす。己れの業=妻お三輪が首を吊った蔵を見乍ら筆をとる若冲。そして、若冲の贋作を描くことで若冲に復讐を果たそうとする、お三輪の弟、弁蔵。
作品は中盤以降、鬼気迫る展開というべきで、誰もが自分を置き去りにしていってしまう、という若冲晩年の哀しみまで、作者はまるで若冲と一体化することで、見事にその生涯を解釈し切っている。
谷津矢車『曽呂利! 秀吉を手玉に取った男』の主人公は、秀吉のお伽衆、曽呂利新左衛門。もと鞘師で恐るべき口舌の徒、曽呂利は、蜂須賀小六を追いつめ病死に至らしめるや、千利休を太閤にけしかけ、石川五右衛門を大坂城へ引き入れるばかりか、豊臣秀次を罠にはめる。一体、彼は何をしようというのか。その伏線は気がつけばかなり前から張られている。その恐ろしい真相が明らかにされるや、一転、ほほえましい場面が用意されるラストまで、作者は大義なき戦いの虚しさを剔抉している。
門井慶喜『新選組颯爽録』、こちらの仮想敵も司馬遼太郎『新選組血風録』である。
芹沢鴨を暗殺した近藤勇が、自分の中の「何か若い苦いものをも葬った」と感じたり、人を操ることには秀でていても、剣にコンプレックスを抱いている土方歳三、山南敬助と沖田総司のあるものを介しての共犯関係といった異色の設定が目白押し。それでも作者は、彼らは“颯爽”と生きたと主張。新選組ものの新定番といってもいい仕上がりだ。
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