次に山本一力『桑港特急』は、現在、作者が手がけている大河小説『ジョン・マン』のスピンオフという面も持つ、胸のすくような快作である。
舞台はゴールド・ラッシュに沸く十九世紀半ばの新大陸アメリカ。作品には、新大陸が必要としている大陸横断鉄道敷設の西側の起点がサンフランシスコかサクラメントになるということ。卑劣な手段で、妻と友の命を奪ったデューク・サントス一味への復讐を果たさんとする賞金稼ぎ、リバティー・ジョー。父島に漂着したみすずと、この地に移住したジム・ガーナーとの間に生まれ、ジョン・マンに感化され、新大陸に渡った丈二、子温の兄弟。と、この三つのドラマが織り成す痛快篇で、もうこれ以上は書けない。
ラストの長い決闘場面は「リオ・ブラボー」級で、作者の西部劇好きが全開。本作はその七割が西部小説で、年齢も国境も越えた男たちの結ぶ交誼や友情も素晴らしい。
葉室麟の『鬼神の如く 黒田叛臣伝』は、黒田騒動の中心人物、栗山大膳を描いた力作。黒田騒動は、黒田藩の家老である大膳が、主君忠之に謀叛の疑いあり、と幕府に訴えることで、逆に御家を救うという、かなり特殊なケースであるといえる。
作品は、冒頭、長崎奉行で黒田家と因縁浅からぬ府内藩藩主・竹中采女正が、杖術の達人、夢想権之助を訪ねるシーンから既に謀略合戦がはじまっている。そして、この謀略の渦に飛び込んでいくのは、九州へ狙いを定めた細川家、将軍徳川家光と老中土井利勝、海外挙兵を果たさんとする一派と、これを阻止せんとする長崎代官末次平蔵ら――。
さらには、夢想権之助のライバル、宮本武蔵や柳生宗矩・十兵衛父子までもが登場し、作品は時に剣豪小説に転じ、あるいは謎の男、影山四郎兵衛をめぐって、ミステリーの様相を呈す。それだけではない。天草四郎までが物語を彩る。これら多彩なピースが大膳の手中で、一つに収まる終盤は見事というしかない。
文庫書き下ろし時代小説の雄、風野真知雄、約一年ぶりの単行本『卜伝飄々』のテーマは塚原卜伝晩年の心境という目に見えぬもの。
しかし作者は、卜伝が倒した剣客の屍体から、路銀や武器を奪う若者五助を登場させ、これを若き日の卜伝との合わせ鏡にするなど、どこまでも周到である。さらに卜伝の抱く諦観や悔恨の中にどんでん返しが仕掛けられていたり、生死の間を生きる剣客の宿命を、ときに幻想的に、ときに迫真の決闘シーンの中にとらえたりと、興味津々。卜伝が刀を捨てるまでを巷説とオリジナリティあふれる逸話の中に活写。池波正太郎『卜伝最後の旅』(角川文庫)以来の傑作である。ちなみに、前述の五助は、ラストで、嬉しくも意外なかたちで再登場。
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『赤毛のアン論』松本侑子・著
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