簑輪諒『殿さま狸』は、読んでいて何より楽しかった。主人公は、阿波踊りをはじめたとされる蜂須賀家二代目家政。題名にふさわしく、家政の戦法は、狸さながら人を化かす。これと正反対なのが毛利家の策士・堅田であり、彼は策を弄しすぎたが故に状況を見誤り、家政は化かしたが故に危機を乗り越えた。この“化かす”と“策を弄する”の微妙な違いは、是非、読んで確かめられたし。川並衆の巧みな活かし方も読みどころの一つで、加えて、家政がラストでいつも耳もとでつぶやかれていた謎のささやき、「――お前は何者だ」に答えを出す場面も秀逸。
新人、加瀬政広の『天満明星池』は、幕末の大坂が舞台のなかなか堅固なつくりの捕物帳。堅固な、というのは、本作がかなり本格ミステリのテイストを示し、情に流されやすい捕物帳の欠点をフォローしているからだ。主人公は西町奉行所の吟味役同心・鳳大吾と、死者の魂を呼び出す梓巫女見習いで、盲目の娘・お駒。本来、吟味役は事件の探索はしないが、何故、関わるのかという考証もきちんとクリアしている。一つの話に、二つないしは三つの事件が絡むという設定で、文明開化が近づく一方、怪力乱神が信じられている時代相もよくとらえている。
本年度の特長として挙げられるのは、意欲的な司馬遼太郎越えの兆しが見えることである。その中でも、山本一力『龍馬奔る 土佐の勇』(角川春樹事務所)は、土佐人である作者ならではの風土感が半端ではない。この大河小説のこれからの行方が楽しみだ。
この他、新鋭の作品では、矢野隆『我が名は秀秋』(講談社)や、相場英雄『御用船帰還せず』(幻冬舎)が深く印象に残った。
縄田一男の収穫十冊
・『為吉 北町奉行所ものがたり』(宇江佐真理 著) 実業之日本社
・『桑港特急』(山本一力 著) 文藝春秋
・『鬼神の如く 黒田叛臣伝』(葉室麟 著) 新潮社
・『卜伝飄々』(風野真知雄 著) 文藝春秋
・『死んでたまるか』(伊東潤 著) 新潮社
・『若冲』(澤田瞳子 著) 文藝春秋
・『曽呂利! 秀吉を手玉に取った男』(谷津矢車 著) 実業之日本社
・『新選組颯爽録』(門井慶喜 著) 光文社
・『殿さま狸』(簑輪諒 著) 学研
・『天満明星池』(加瀬政広 著) 双葉社
※文中登場順
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『赤毛のアン論』松本侑子・著
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