鏡磨ぎの梟助爺さんとさまざまなお客さんの交流をオムニバス風に描く「ご隠居さん」シリーズも、本書で第五巻となった。第一作『ご隠居さん』の刊行は二〇一五年四月。一年半弱で五冊というハイペースの刊行が、その人気を証明していると言っていいだろう。
人気の秘密はどこにあるか。隆盛を極める文庫書き下ろし時代小説にあって、従来にはなかった形式をとっているというところにまずは着目したい。
文庫書き下ろし時代小説は、基本的に「主人公の物語」である。腕一本で勝負する職人の話しかり、御家騒動に巻き込まれる武士の話しかり、捕物帳しかり。読者は主人公を追い、主人公の運命に一喜一憂し、主人公を取り巻く人間模様を味わう。
翻って「ご隠居さん」はどうか。主人公は梟助だが、決して「梟助の物語」ではないというのがポイント。本シリーズのメインは梟助が出会う客の人生模様だ。武家から庶民まで毎回異なる客が登場し、彼らのさまざまな話を、読者は梟助と一緒に聞くことになる。
――と書くと、毎回異なる事件を扱う一話完結の捕物帳もそうではないか、と反論されるかもしれない。だが捕物帳の場合は、主人公がその事件に関わることによって決着するという様式がある。ところが本書の梟助は、客の人生に介入しない。ここが大きく違うところだ。梟助は客が話をするための触媒に過ぎないのである。結果として、物語に幅が出て、多種多様なドラマが楽しめる。
多種多様なのは物語の内容だけではなく、その手法にも及んでいる。ときには人間ドラマというより蘊蓄エッセイと言った方がいいような回もあるし、ファンタジックな回もある。かと思えば、梟助自身の過去がテーマになったり、鏡磨ぎ職人の技が描写される職人小説風の回もある。
語り手もテーマも、それを読ませる手法も毎回変わるわけで、一話ごとにジャンルの違う小説を読んでいるようなもの。冒頭で「オムニバス風」と書いたのはそういうわけだ。読者にとってこんな贅沢な連作はない。
野球のピッチングに喩えるなら、ストレートが続いたかと思うとチェンジアップが来てスライダーが来る。次は決め球のフォークかと思いきや、一塁に牽制球を投げたりする。どんな手で来るのかがまったくわからず、読者はバッターボックスで「こんな球もあるのか!」とうっとり見つめるしかないのである。
七色の変化球を持つ技巧派投手。それが「ご隠居さん」の野口卓だ。だが、その変化球にはある共通点がある。それが何かは本稿の最後に書くとして、まずは梟助の過去と人物像を簡単に紹介しておこう。
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