敗者への温かい眼差し
中村 将監が最後に脱藩を試みるシーンを撮影していた時に『サウンド・オブ・ミュージック』を思い出しました。
葉室 そうですか?
中村 あれも家族でナチスを逃れて、山越えしてスイスに亡命する話じゃないですか。将監も家族を連れて峠を越えようとしますから。
葉室 なるほど、僕らの世代だと『サウンド・オブ・ミュージック』は何回も観てますから、中村さんの連想はよくわかるなあ。峠を越えるシーンを作ったのも、中年の悲哀を乗り越えたい、乗り越えてほしいという思いがあったからです。人生も後半に差し掛かったとき、その悲哀を越えていく生き方があってほしいという希望を込めました。
中村 最初は将監が家族と逃げるという展開に驚きました。だって普通に考えたら、絶対1人で逃げた方が確実じゃないですか。でも将監は違うんですね。
葉室 将監にとって、家族が足手まといになるという発想はないのだと思います。ギリギリの状況でも、何が大事かを見失わない人なのでしょう。戦国武将的な人を切り捨てていく強さではなく、大事なものを最後まで守ろうとする決意ですよね。それが本当の男の強さなんだろうなと。
僕は小説を書くとき、キャッチフレーズとして「負けたところからが人生だ」を念頭に置いているんです。
中村 それはどういう意味ですか?
葉室 人は負けて上手くいかなかったときに自分と向き合える。そこで自分が何者かを問い直して、新たなスタートを切るしかないんじゃないかと。僕はあまり勝った経験がないんで、負けたところからしか始められないんですけど(笑)。
中村 学校で歴史を習いますけど、それは結局勝者が作ったストーリーですよね。葉室さんの作品には、敗者への温かい眼差しを感じます。
葉室 僕は歴史の真実は、負けた人の側にしかないと思っているんです。源五にしても、世間的に見たら成功者ではありません。出世もしないし、友だちは死んでしまう。でも彼のように生きたら、自分なりに生きられたという満足感はきっと持てるんじゃないかなと。
中村 「風の峠」で源五を演じていて気持ち良かったのは、彼が義に生きた男だからなんですよ。地位が大事だったりお金にこだわったりする人もいるけれど、源五が一番大事にするものは、3人の友情なんですよね。それは他人から見たらどうでもいいことだけど、源五はブレない。将監にしても十蔵にしても、大事なものの選び方が素敵だと思いました。その優先順位の中で、自分が一番じゃないんですよ。他にちゃんと大切なものがある。そこがかっこいいなあと。
葉室 いろんな方に書評を書いていただきましたけど、今の中村さんの言葉が一番心に響きました。
中村 そう言っていただけると嬉しいです。
葉室 僕は、彼らみたいな人を大事にしたい気持ちが根底にあるんです。NHKの「鶴瓶の家族に乾杯」という番組が大好きで。あの番組では、普通の人が毎日ちゃんと学校に行ったり、掃除をしたりという日々の生活が映し出されているじゃないですか。そうやって普通に生活していても、誰かが誉めてくれるわけじゃない。そこにあるのは報われようとする気持ちではなくて、家族への愛情です。それだけで人は充足して生きられるのだなと。そこが素晴らしいんです。
写真◎杉山秀樹
ヘアメイク◎白田文弥(NHKアート)
スタイリスト◎奥田ひろ子(ルプル)
-
『赤毛のアン論』松本侑子・著
ただいまこちらの本をプレゼントしております。奮ってご応募ください。
応募期間 2024/11/20~2024/11/28 賞品 『赤毛のアン論』松本侑子・著 5名様 ※プレゼントの応募には、本の話メールマガジンの登録が必要です。