- 2015.06.11
- 書評
改稿によって立体的に見えてきた──東野圭吾「ガリレオ」シリーズの特色
文:千街 晶之
『禁断の魔術』 (東野圭吾 著)
出典 : #文春文庫
ジャンル :
#エンタメ・ミステリ
「ガリレオ」シリーズは最初は短篇連作としてスタートしたが、それらの作品は、物理学を中心とする該博な知識を持ち合わせた湯川が、友人である草薙俊平刑事の相談に応じるかたちで、超常現象としか思えない怪事件の謎を鮮やかに解いてゆくというフォーマットに従って書かれていた。一方、『容疑者Xの献身』『聖女の救済』『真夏の方程式』と続く長篇では、科学的トリックはあまり重視されておらず、むしろ人間の心理にまつわる謎がメインとなっている。そして、これらの長篇が書かれたことによって湯川のキャラクター造型は当初の冷静な超人的天才から変化し、事件との関わりで苦悩する姿も描かれるようになり、草薙をはじめとするレギュラー陣との関係にも起伏が生まれた。
『禁断の魔術』は科学的トリックが使われている一方で、湯川とかつての教え子との人間ドラマでもあり、「ガリレオ」シリーズの短篇・長篇双方のカラーを取り入れた作品と言える。その試みを成功させるには、「猛射つ」の中篇の分量は半端だったのかも知れない。長篇版のストーリー展開自体は中篇版と同じではあるけれども、登場人物たちの描写は、譬えるなら昔ながらのブラウン管テレビの映像を液晶テレビに進化させたくらいに立体的になっている。被害者の長岡が取材していたスーパー・テクノポリス計画をめぐる関係者たちの感情なども詳しく書き込まれているし、原型ではステロタイプな悪役という印象だった大賀代議士も性格に膨らみが与えられた。もちろん、クライマックスの湯川と伸吾、そして草薙や内海薫刑事たちのやりとりに至るまでの経緯も緊迫感を増した。科学は扱う人間の心次第であり、邪悪な人間の手にかかれば禁断の魔術となる――という湯川の教えと、最後に背負おうとした彼自身の責任は、これまでに発表されてきた「ガリレオ」シリーズ全体を思い返すことで更に重みを増すに違いない。
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