- 2016.10.24
- 書評
ルメートル、なんと憎らしい作家だろう
文:池上 冬樹 (文芸評論家)
『傷だらけのカミーユ』 (ピエール・ルメートル 著/橘明美 訳)
出典 : #文春文庫
ジャンル :
#エンタメ・ミステリ
そこで大事になるのが、捜査班のチームワークであるけれど、この件に関しても、ルメートルは現代的である。事件の私化のほかに、警察小説で顕著なのは、チームの絆、もしくは崩壊、あるいはメンバーの更新である。テレビの連続警察ドラマなどでは、刑事の殉職が視聴者の興味をひきつけ、シリーズの延命をはかることに効果をあげているが、小説では(とくにシリーズでは)中心メンバーの喪失はあまりなかった。しかし映画よりもテレビ・ドラマのほうが人気を博すようになり、小説の刑事ものもテレビ・ドラマ的になり、ヒーローの私生活や刑事各自の生活の比重が増すと、これまた近年では刑事の殉職・脱落・異動が増えてきている。北欧ノルウェイ産のジョー・ネスボのハリー・ホーレ警部シリーズ(いまや世界的なミステリ・シリーズ)などは、第七作『スノーマン』までに同僚三人が殉職するほどの移り変わりの激しさだ。
ルメートルのカミーユ・ヴェルーヴェン警部シリーズも、長篇は三作しかないが、その流れにある。本書の冒頭で、刑事アルマンの葬儀が語られるけれど、これも驚きのひとつだ。『その女アレックス』では倹約家でもらい煙草をするイメージが強く残っていたけれど、今回の作品では食道癌で亡くなっている。カミーユが回想するように、ヴェルーヴェン班発足当時のメンバーは四人で、アルマンは最も重要な部下だった。残り二人のうち、有望な若手刑事だったマレヴァルはイレーヌの事件で警察を追われて何年もあっていないし、残っているのは、富裕な家に生まれてブランド品で身を包むルイだけだ。アルマンの死亡とともに“ヴェルーヴェン班も幕を引いたようなもの”で、カミーユにとっては手足がもがれたような時に事件に襲われた。唯一の部下で相棒といっていいルイにも、また秘かに肩をもつ上司のル・グエンにも、アンヌとの関係を打ち明けたくてもできず、自ら絶望的な状況へと入り込むことになる。
この警察内部での友情や反発や憎悪といったサイド・ストーリーが、現代の警察捜査小説のひとつの魅力といっていいだろう。ジョー・ネスボのホーレ警部シリーズも、デンマーク産のユッシ・エーズラ・オールスンの特捜部Qシリーズ(こちらもいまや世界的人気を誇るシリーズ)もそうだ。特に特捜部Qでは、カール・マーク警部補が同僚とともに巻き込まれた過去の銃撃事件、相棒アサドの隠された過去など脇筋がシリーズを貫いていて、いちだんと緊張感を高めている。
果たしてルメートルがどこまで同時代の海外ミステリを読んでいるかわからないが、『悲しみのイレーヌ』におけるミステリ文学の膨大な引用を見るまでもなく、文学作品を渉猟していることは間違いないし、読んでいなくても優れた作家たちは最先端をいくもので、それは本書が物語っている。
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