書評

「あの世」への旅路

文: 玄侑 宗久 (作家、臨済宗妙心寺派福聚寺住職)

『看取り先生の遺言 2000人以上を看取った、がん専門医の「往生伝」』 (奥野修司 著)

 ともあれ、「あの世」と「お迎え」は間違いなく連動している。最終的な到着地が懐かしい場所であることが、懐かしい人の登場によって無意識のうちに示唆されるのである。

 私としても、特に『アミターバ』は死に行く旅路の道連れにと思って書いた。阿弥陀(無量光明)世界への旅路を途中まででも描き、少しでも不安が軽減できればと思ったのである。しかし岡部医師は現実の在宅医療の現場でそのことに奮闘され、その実践部隊としての「臨床宗教師」養成講座にまで繋げた。本当に凄い仕事をなさったものである。私とすれば、このアプローチが医療者側から成されたことに、驚きと喜びを禁じ得ない。昔ながらの安らかな死が、一人の医師の熱烈な働きかけで今後もじわじわと広まっていくことを願うばかりである。

 

 先日、第三十九回日本死の臨床研究会の年次大会が岐阜であり、私も登壇して「浅き夢見し酔ひもせす」という演題で話した。端的に申し上げれば、「あの世」から見たこの世、覚めてしまえば夢と見做(みな)せるこの世と旅路そのものについての話である。

 その内容はともかく、私はそこで懐かしい山崎章郎先生や柏木哲夫先生、そして郡山のホスピス、坪井病院の清水千世看護部長にも出逢った。あまりに懐かしくて、そこが「あの世」かと錯覚したほどだが、その会場には明らかに新しい「死の臨床」へのストリームが感じられた。そこここに岡部医師の名前が呟かれ、また「臨床宗教師」の活動も具体的に紹介されていた。私のところにも講演後、山口県の建仁寺派の若い和尚が、臨済宗最初の臨床宗教師だと挨拶に来てくれた。

 また名古屋の看護介護の学校で、『アミターバ』や『中陰の花』をテキストに使っていると知ったことも嬉しかった。

 楽観的にすぎるかもしれないが、「死の臨床」は明らかに岡部先生の志した方向に動きつつある。今後、介護と医療・看護との、制度上の連携など、国や厚労省に期待すべき課題も多い。また臨床宗教師の活躍については、「縁起でもない」と見られる壁も厚いし、まだ幾つものハードルが地域や病院ごとにあることだろう。しかしそれでも、この本に描かれた岡部医師の情熱の転写が、そう簡単に収まるとは思えないのである。

 奥野修司氏が一七〇時間ものインタビューをまとめた内容は、むろんこの紙幅では語り尽くせるはずもない。特に彼が末期の時をすごした「岡部村」については、触れたかったが生半可に書くこともできず、諦めることにした。奥さまと息子さんの登場する家族としてのリアルな岡部氏の姿も含め、詳細はむろん読んでいただくしかないのだが、最後に言っておきたいのは、この本を読み、それぞれで自分や家族の具体的な死に方を考えてみてほしい、ということだ。財産整理などではなく、死そのものの在り方である。

 おそらくこの本を熟読するだけで、がんや死への向きあい方が相当変わるはずである。この国に再び「看取りの文化」が根付き、読者の皆さんがいずれ「お迎え」を得てゆっくり安らかに「あの世」に旅立たれることを、厳粛にお祈りしたい。

 あ、最後の最後にもう一つ。カール・ベッカー教授との対談にはこの本のエッセンスが全て凝縮されている。巻末でそんなふうに感じさせたのも構成の妙だろう。奥野氏や編集者のご苦労も偲ばれる、じつに見事な本である。

看取り先生の遺言
2000人以上を看取った、がん専門医の「往生伝」

奥野修司・著

定価:本体710円+税 発売日:2016年01月04日

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