セリフを使わず観ている方に
お吉の前に、彼女がかつて五十両を奪った盗賊・音吉(谷原章介)が現れる。音吉は彼女のことを覚えているのかどうかを明らかにしない。不安に脅えながらも確認することもできず、お吉は音吉に言われるままに体を許してしまうことになっていく。
「彼女は仮の幸せを得ていたのに、音吉が現れたことで地獄の毎日になっていきます。この男が本当に自分の過去を知っているのかどうか、それを心理描写だけで表現するのは難しかったですね。相手を慮るようなシーンばかりが重なって誤解していくっていうのは現代劇では難しいんじゃないかと思います。でも、そこがやっぱり時代劇の情緒ですよね。『きっとこの女はあそこで誤解したのかもしれない』『あそこで思い込んだんだ』みたいなのを、セリフを使わずに観ている方に感じ取っていただきたいと思って演じましたし、そこが一番難しいところでもありました」
「京都の時代劇」の現場で
「五年目の客」の監督を担当した山下智彦は若村がヒロイン役でレギュラー出演していた時代劇シリーズ『御家人斬九郎』(一九九五年~二〇〇二年、フジテレビ)では助監督をしており、二十年以上の現場での付き合いとなる。
「今や時代劇も現代劇も両方とも演出される、素晴らしい監督でいらっしゃいますよね。本当に信頼ができます。
長くお仕事をさせていただくありがたさというのは、時々こうやってお仕事でご一緒させていただく中で、もともとご自身がお持ちの持ち味と、さらに経験を重ねられたお姿を現場で直接感じられることです。
ただ一方で監督に『なんだ、若村。駄目になったな』って思われないように頑張ろう、みたいな、そういう下手な欲も出てくるんです。その欲が精進するほうに向かえばいいんですけど。それが芝居として良くないほうに出ないように心を整えていかないといけないという想いもあります。
新人の頃は経験を積めばうまくなるのかと思っていましたが、意外とそうでもないんですよ。そうやって余計なことを考えることがあって、何だか分からないで無我夢中でやっている時のほうが何だか生き生きして良かった――みたいなこともあったりします。
私の恩師である仲代達矢さんは『役者は経験を積めば積むほど新鮮でなくてはいけない』ということをおっしゃいます。若い頃に聞いていた時はその意味が分からなかったんですけど、今になってふっと思い出します。キャリアを積むほど、実はフレッシュじゃなきゃいけないんだっていうことです。『熟す』ことと『腐る』ことは違うっていう――そんなことを思いながら、『まだまだ駄目だな』と今回また思いました。山下監督の仕事を見ながら反省しています。
ですから、私は『斬九郎』の頃も必死でしたし、今回も必死で。役者って偉くなれないんだなって改めて思いました」
本作は『鬼平』シリーズを二十八年間にわたり撮ってきた松竹撮影所で作られたが、スタッフは松竹の他に、山下監督ら『斬九郎』『お染』を撮った映像京都や『科捜研の女』(テレビ朝日、若村がレギュラーで出演)を撮っている東映京都撮影所からも参加、若村と所縁のある面々が顔をそろえている。
「『お染』までは、各映画会社の撮影所時代の個性の違いがありました。ですから、映像京都も松竹も東映京都もほとんど一緒にならずに全く違うカラーで時代劇を作っていました。それが今は、『時代劇』として一つになっています。もちろん各撮影所のカラーが残りつつも、新たなミックスというか、化学反応みたいなものがありながら現場が作られていくというのが凄くありますね。
今や時代劇が少なくなったので、一丸となって頑張る時代だと思うんです。昔はそれぞれで成り立っていたので、自分のところのオリジナリティを大事にすることができたと思うのですが、おそらくこれからの時代は、『日本の時代劇とは』という問いかけをみんながして、ものづくりをしていく時代に入ってきたのではないでしょうか。そのぐらい大きなくくりで時代劇を考えていく時代に入って来たんだと思っています。
もちろん、皆さんそれぞれに時代劇の現場で若い頃から力を培ってきた人たちがそこにいるのですから、各パートのスタッフは職人気質のあるプロフェッショナルです。だからこそ、私も役者のパートとして襟を正す気持ちになります。和気あいあいとできますが、それだけに自分の仕事はちゃんとやらないといけない――そういうプレッシャーもあります。どこか甘えたくなってしまうんですけど、皆さんがいい仕事をしているのを見れば見るほど、『私もしゃんとしなければ』っていうふうに思わせてくれます。本当にありがたい現場です」
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