――『陰陽師』はこれまでに二回映画になりましたが、今回の『瀧夜叉姫』は、もしも次の映画があったらと、腹案としてお持ちになっていた話だということを、ちょっと聞いたのですが……。
夢枕 じつは、この『瀧夜叉姫』の前半のストーリーは、最初の映画のアイディアを出したときに書いていたものなんですよ。晴明が百鬼夜行を見るシーンをね。でもそれは映画的には、予算の問題があったりしてとても手が出ないということで使われなくて。で、もったいないなあとずっと思っていたんです。それで、今回の長篇に使うことにして書き足していったら、最初思っていたよりも倍の長さ(上下巻)になってしまいました。
村上 こんなこといって申し訳ないけど、僕はどちらかというと、夢枕さんのものは短篇が好きだな(笑)。
夢枕 はい、短篇はまた九月から始まります(「オール讀物」にて)。
村上 アイディアを出すのが大変でしょうけどね。
夢枕 同じ分量だと長篇のほうがラクですね。短篇は毎回終わらせないといけないところがむずかしい。『陰陽師』の短篇って、書くときにどう終わらせるか決めずに書いているケースが多いんです。最初のアイディアはあるんだけど、どう終わるかがわかんない。でも、真ん中くらいまで書くと見えてくる。書きながら責任をとっていくみたいな形は、村上さんの絵と似てますね(笑)。
村上 やっぱり作品を作るということは、結果的には身を削るということだろうと思うので、大変ですね。一回で終わらなかったら、二回くらいで終わらせるようなつもりでやられたらいいかも。
夢枕 決めておいて、決めたことよりもはみ出していったほうが面白いですね。決めた通りに終わると、大丈夫かなあ、なんて思うときがあるので。
村上 いや、たしかに。それはわかります。要するに、枝のほうが面白いっていう場合がありますからね。
夢枕 話が膨らんで変なキャラクターが動いちゃったりすると、枚数は増えていくんだけど、そのほうが面白い。
村上 それは絵の世界でもいえるかもしれない。最初からこういうものを描こうと思って描きだしても、途中で筆が横滑りして思わぬ形が出てきたら、そっちのほうに惹かれていくのと同じですね。
夢枕 それと、じっくり時間をかけてやっているときよりも、時間に追われてワーッといっぱい書いているときのほうが、かえってノッていて、お、いいじゃない、という感じになることが多いということもあるんです。
村上 それもいえる。ものを考えすぎるとだめですね。どういうところで区切るか、その切れ味はやっぱり鋭いほうがいい。締め切り前でも、芝居を観に行ったりしてもかまわないんですよ(笑)。別なことをやっていると、思わぬところから新しい発想がパッとわいてきたりします。
夢枕 僕は二枚か三枚、ゆとりがあるんです。書くものが決まっていないときに、タイトルだけ入れて、晴明と博雅が最初にお酒を飲んでいるシーンを書くんです。あそこはストーリーが進んでいかないので、とりあえず一晩はしのげるから(笑)。
村上 やはり頑(かたく)なな姿勢だけじゃだめですね。僕も、描きにくかったら、描きやすい形のところまで撤退すればいいという感じでやっていますから。昔は抽象画をやっていた時期があったんです。こうでなければならないとか、テーマは何だ、とかって。でもそれをやっているうちに、絵が描けなくなってしばらく展覧会をやめたんです。それで行き着いたところが、自分も楽しみながら、人が見て楽しんでもらえるような絵を描こうということで。そういう発想の転換をしたら、ああ、こんな絵でもいいんだ、と思って。
夢枕 村上さんの絵は一人一ジャンルですよ。ほかにこんな絵をお描きになる人はいないでしょう。だって、手の長さ、左右違うし。
村上 ハハハハハ。
村上 まあ、すごいでかいことをいわせてもらいますと、現代の作家でこの人に負けた、と思う人はまだ見当たらないので(笑)、それは嬉しいことですね。
夢枕 じつは、ときどき申し訳ないなと思うことがあるんですけど、絵組み(文章がまだ完成していない段階で、作家からあらすじを聞いて、関連のある挿絵を先に描くこと)で描いていただいたはずの村上さんの挿絵が、文章をもとにしたとしか思えない絵になっているときがあるんです。文章はかなりあとで入れたのにもかかわらず。それって、相当ぎりぎりまで僕の文章を待ってくださってお描きになったということですよね。
村上 ええ、二回くらいかな。何枚でもいいから、原稿ができたらすぐに送ってくれと編集者に頼んだときがあって。
夢枕 かなりぎりぎりで入れた原稿が絵になっているとき、ああ、こんなにタイトな時間の中でどうやって描いてくださったんだろうって思うと、もう申し訳なくて。
村上 いや、やっぱりある程度文章が入ったのなら、できるかぎりそれを読ませてもらって、それから描きます。仕事ですから。
夢枕 ほんとに、ずいぶん長いこと、いろいろとお世話になってます(笑)。
村上 『陰陽師』のブームはまだ廃(すた)れませんね。やっぱり人間はいつの時代でも、摩訶不思議な世界に興味があるんですかね。
夢枕 そうですね。きっと、安倍晴明が、僕が作ったキャラクターじゃなくて、実在の人物だからよかったんだと思うんですね。
――今回の新作では平将門が出てきますが、それは最初から構想されていたんですか?
夢枕 ええ。将門はやろうと思っていたので。ちょうど安倍晴明の子供の頃に将門の乱があったんですね。そのことと晴明が大人になってからを、どうつなげようかなということでやってみたんですけど。
村上 長篇でかなり大きなスケールですね。
夢枕 本来、僕が短篇でやっている安倍晴明の世界とは違う世界ですね。大きな仕掛けの中で動かさないといけないので。その分いろいろ、おどろおどろしい、ガチャガチャしたところも入っているんですけど。でもこれである程度、気がすんだので(笑)、またいつもの短篇に戻ります。
村上 将門の怖さというのは、現代にもまだつながっているといわれますが。
夢枕 まだ祟りがあるって、いいますよね。首塚が関東にもあるとか。
村上 今回は、髪を振り乱した将門の怖い顔と、百足(むかで)を描きました。
夢枕 あ、僕はまだ絵を見ていません。楽しみだなあ。
――今回出てくる若き日の晴明みたいな構想は、これからもおありですか?
夢枕 いえ、もうしばらくずっとまた同じパターンでいきます。シャーロック・ホームズとワトソンのようなノリで。ベーカー街221番地に住んでいるホームズのところへ、馬車に乗ってきれいなご婦人が、「ホームズ先生、助けてください」という、あのノリでね。
村上 いいですね、それ。
夢枕 晴明と博雅が酒を酌み交わしているところに、馬車じゃなくて、牛車で誰かがやってきて(笑)。
村上 あれが一つの落ち着きみたいな感じで、いいですよ。絵組みで、とりあえずそのシーンを描いててくれっていわれることもあるんですけど、もう少し俺、待つからって(笑)。
夢枕 すいません、(原稿)遅くて(笑)。五月雨式(さみだれしき)にでも送ります。
村上 そう、五月雨式でいいんです。そこかそれらしいところまで描けますからね(笑)。
夢枕 『陰陽師』は晴明が歳をとらない、同じところでずっとやろうと思っているんです。いつ読んでも天徳四年、村上天皇というパターンを崩さないようにしようと。「天徳四年から次の年にかけてこんなにたくさん事件があるのか」みたいに、いわれてもしょうがない(笑)。
村上 いや、それが一つの安心感なんですよ、読者にとっては。テレビの『水戸黄門』が長続きするみたいな(笑)。そういうパターンって必要ですよね。
夢枕 そういっていただけて、嬉しいです。
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