ただし、三船ほどの人物がどうして、と思うほど、彼には弱点もあった。妻子がいながら、愛人を作り、ついには家庭を破壊させた一連の不倫騒動や、会社の内部分裂を阻止できなかった社長としての手腕。それらがあいまって、スタープロではナンバー1だった『三船プロダクション』を縮小、撮影所を閉鎖せざるを得なかった経緯には、無念さを覚える。
外見の豪胆さ、誰もが認める存在感の大きさに反して、三船敏郎は人間関係を大切にするがあまり、心優しすぎた。合理化のために人を切り捨てざるを得ない経営者としては、それが弱みとなり、目端の利く人間たちに利用されてしまったのだ。
三船敏郎の名前を看板に、業界で信用を得た人間は数多い。だが、三船の気持ちを本当に理解できた人間がどれほどいたか。三船はただ、自分が信頼していた社員たちが去っていくのを、罵倒もせず、歯を食いしばって耐え、見送っただけである。
家族は別にして、過度の飲酒で暴れる三船を「無理もない」と庇う証言の方が多いことが、それを証明している。彼はCMのキャッチコピーそのままに「男は黙って」を実践したのだ。
評伝を書き終えるにあたって、ひとつ懸念があるとすれば、離婚裁判のくだりである。
最初に離婚を切り出したのは夫人だが、それに対する法廷での三船の態度や証言内容は、傲慢で暴力的に思われるだろう。特に女性の読者には、不快に思われるかもしれない。自分は不倫をしておきながら、妻の悪口を言うのは、理不尽に違いない。
しかし、三船はなんの根拠もなしに、相手を糾弾、罵倒するような男ではない。むしろ、多少のことは飲み込んでしまうことの方が多い人物だ。それなのに、なぜ、五年も裁判を続け、週刊誌を喜ばせるようなスキャンダルに発展させたのか。
一本気な三船は、裁判に至るまでの夫人の一連の行為を裏切りと考え、怒りを増幅させていたのである。そのあたりの詳細を暴くことは、三船自身それをよしとせず、裁判を打ち切ったことを踏まえ、あえて記述しなかった。
夫人は「私は一生、三船敏郎の妻です」と断言し、それを貫き通した。離婚に応じなかった理由については「子供たちのため」と語っているが、実は彼の人間的な魅力から離れ難かったからではないだろうか。
最晩年、三船と夫人が並び、撮影された写真を見ると、夫人の夫への愛情を感じる。
断言してもいいが、三船敏郎ほどの大きなスケール、存在感を持ち、国籍に関係なく、係わった人たちを魅了する俳優は、この先も、現れないだろう。
最後に著者の個人的な見解を許していただけるのなら、ぜひ、以下の五作『酔いどれ天使』『蜘蛛巣城』『羅生門』『レッド・サン』『無法松の一生』の三船を観ていただきたい。
そうして、三船敏郎に興味を持ったなら、さらに他の出演作品を探して、自分のベスト作品を見つけてくださればと願っている。
なぜ、三船敏郎が“世界のミフネ”と称されたのか、現在の男優たちとの、明らかな違いが分かるはずである。
(「あとがき」より)
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