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新しい信長像――そのカリスマと狂気

新しい信長像――そのカリスマと狂気

『王になろうとした男』(伊東 潤)


ジャンル : #歴史・時代小説

教養人だった信長

高橋 早く亡くなるのは人気者の必要条件ですね。「判官贔屓」という言葉もある通りで、日本人は志半ばでなくなった人が大好きです。源義経しかり、坂本龍馬しかり。信長も同じように天寿を全うしていないから、「もし生きていれば」と想像の世界に入っていける。これが私たちのような歴史好きには楽しいのです。

伊東 特に海外政策には想像力を掻き立てられます。織田政権だったら「鎖国政策」もなかった。アジアやヨーロッパ諸国と、どう渡り合っていったかを考えたくもなります。

高橋 アジア地域全体を治めた可能性だってあります。

本郷 同感ですね。それも秀吉の朝鮮出兵のような形ではなく、貿易で世界に開かれた国造りをしたでしょう。

伊東 秀吉のように大陸を面、つまり土地で支配するのではなく、信長は、点すなわち拠点で押さえようとしたのではないでしょうか。たとえば、中国大陸の沿岸にある寧波(ニンポー)、廈門(アモイ)、マカオなどの港に城塞都市を築き、海上交易を行って利益を独占しようとしたのではないかと。

 当時のヨーロッパの海洋大国であるスペインのフェリペ二世は、セビリアとリスボンという二大貿易港を支配し、交易を独占して大帝国を作っているのです。信長は宣教師と頻繁に会っているわけですから、こうした国際情勢を耳にしていても不思議ではありません。

本郷 面ではなく点の支配というのが面白いですね。

高橋 一般には情報通と思われている秀吉ですが、信長の方が圧倒的ですよね。

本郷 そこには秀吉の出身が影響しているはずです。信長はうつけもののイメージがありますが、若いころから、きちんとした教養を身につけていて、それに裏付けされた知識を持っていた。たとえば、沢彦(たくげん)という禅僧が少年時代の信長の教育係だったことは知られています。出自のよくわからない秀吉と違って、信長は中世型の教養人だったことは間違いないでしょう。

高橋 逆に秀吉の行動を見ていると、教養人へのコンプレックスを感じさせるところがありますね。

伊東 内政面を考えると、信長と秀吉の差は歴然としてきます。秀吉は、権力欲や自己顕示欲がとにかく強い。一方で信長は、合理的で実利を重んじます。「御茶湯御政道」は、その最たるものです。功を上げた家臣に分け与える土地がなくなってきたときに、信長は茶道具に虚構の価値を与えます。織田家中では、茶道具が絶対的な価値を持ち、そろって名品を求めるようになる。それまで、命がけで手に入れようとしていた土地ではなく、茶道具をほしがる武将も出てくる。重臣の一人である滝川一益は、上野国一国よりも茶道具が欲しいとすら言っています。

本郷 名品「珠光小茄子」のエピソードですね。価値を創造してしまうのは、信長の大きな特徴です。

伊東 信長は価値の創造のために、商人の今井宗久と天才的目利きである千利休という二人をブレーンにしています。一方の秀吉は、信長から受け継いだ「御茶湯御政道」を上手く使いこなせません。利休を切腹に追い込み、最終的には、土地を求めて朝鮮出兵を行うことになります。

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王になろうとした男
伊東潤・著

定価:本体660円+税 発売日:2016年03月10日

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