- 2016.09.24
- 書評
グローバリゼーションに耐えられなくなった英米社会――トランプ旋風と英国
文:編集部
『問題は英国ではない、EUなのだ 21世紀の新・国家論』 (エマニュエル・トッド 著/堀茂樹 訳)
ジャンル :
#ノンフィクション
本書は、今日の世界情勢に関する、エマニュエル・トッド氏の最新見解を集めた時事論集である。初出は各章の扉裏に示した通りだが、「1 なぜ英国はEU離脱を選んだのか?」を除いて、いずれも日本で収録もしくは日本の媒体で発表されたものである。
しかし本書は、通常の時事論集とは異なる。現在進行形のさまざまな出来事を、長期的な視座から、フランス歴史学のアナール派的な「長期持続」〔フェルナン・ブローデルの言葉〕の観点から捉えようとしているからだ。
各章のテーマは多岐にわたっているが、実は同じテーマを扱っている。というのも、テロ、移民、難民、人種差別、経済危機、格差拡大、ポピュリズム、英国EU離脱、トランプ旋風といった今日的現象は、トッド氏の言う「グローバリゼーション・ファティーグ〔疲労〕」、すなわちグローバリゼーションの限界とその転換に関わっているからだ。いずれも、サッチャー・レーガン登場以来の数十年間、英米主導で進められてきた「ネオリベラリズム&グローバリゼーションの終焉の始まり」を示す兆候なのである。
トッド氏は、とくにアングロサクソン社会の現象、英国EU離脱、米大統領選でのトランプ躍進に注目する。グローバリゼーションがもたらす「ファティーグ〔疲労〕」に英米社会すら耐えられなくなったことの証しだからだ。「グローバリゼーション発祥地での転換」は、「グローバリゼーションの終焉の始まり」を意味するはずだ、というのである。
ところで、トッド氏は「予言者」と称されることが多い。実際、ソ連崩壊、リーマン・ショック、アラブの春、ユーロ危機といった「予言」を的中させてきたが、それはいかにして可能だったのか? 本書は、その秘密に迫ることを企図した本でもある。編集にあたって、トッド氏の鋭い分析の結論だけでなく、それが生み出される過程、歴史や世界の見方そのものをできるだけ丁寧に示すことを心掛けた。というより、実は本書の企画のそもそもの狙いは、この点にこそあった。
「3 トッドの歴史の方法」は、二〇一六年一月の来日の際、芦ノ湖畔の山のホテル──トッド氏はこのホテルを「ジェームズ・ボンドの映画に出てくる山荘のようだ!」と気に入り、雪景色と富士山を楽しんだ──へ出かけ、堀茂樹氏と編集部が聞き手となり、二日間かけて収録したものである。知的遍歴をトッド氏自身に存分に語ってもらったもので、「トッド入門」として読んでいただけるのではないだろうか。なかでも「国家の再評価」という今日的問題と「最も原始的な核家族」という人類史的問題が一続きに論じられるところは、トッド氏ならではの知的なスリリングさに満ちているように思う。
この取材にあたって、堀氏と編集部は、トッド氏が人類の「普遍性」と「多様性」をどう捉えているかにとくに注目し、この点についてじっくり語ってもらおうと考えていた。