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[文庫化記念対談]皆川 明×平松洋子 トレンドを超越するテキスタイル・デザインの力

[文庫化記念対談]皆川 明×平松洋子 トレンドを超越するテキスタイル・デザインの力

『ミナを着て旅に出よう』 (皆川明 著)

出典 : #本の話
ジャンル : #ノンフィクション ,#趣味・実用

『ミナを着て旅に出よう』の文庫化を記念して、ミナ ペルホネン(以下、ミナ)のデザイナー皆川明さんと、エッセイストの平松洋子さんとの対談を行った。オリジナル生地によるミナの服作りは国内外で高く評価される。皆川さんの仕事に長年敬意を抱いていたという平松さんがミナの直営店を訪ねた。

皆川 ここ白金台のショップは、私が立ち上げた最初のお店です。現在は改装していますが、2000年のオープン当時は、このフロアの奥にアトリエがあってカーテン1枚で仕切っていました。服を作る場所と売る場所がパン屋さんのように1つになっていてもいいかなと(笑)。お店が少しわかりづらい場所なので、最初はずいぶん問い合わせを頂きました。

平松 とても居心地のいい空間ですね。私の友達には「ミナ」の熱心なファンがたくさんいるんですが、10年着続けてなお、ひとつひとつの服が「宝物」だと言っています。

皆川 そうやって長く着て頂けるのが何よりも嬉しいです。長く使ってもらいたいから、ミナの洋服はどんなに古いものでもお直しを受けつけています。

平松 それができるのも生地からオリジナルで作っていらっしゃるからですね。その姿勢が、着る人に確実に伝わっているのだと思います。ファッション業界の中では数少ないスタイルではないでしょうか。

皆川 一部、三宅一生さんやコム・デ・ギャルソンも生地から作っていますが、業界全体でいうと1パーセントあるかないかだと思います。生地から作ると服になるまで1年半程度かかりますから、現在の短いサイクルの服作りでは難しいでしょう。僕はもともと、ファッションが半年単位で消費されることへの疑問が強くありました。祖父が家具屋だったので、家具は何10年も使うのに、なぜ服だけが半年なんだろうと。

平松 業界のトレンドに距離を置いていらっしゃる。でも、とても素敵に見えたのに数年経つと古く見えがちなファッションの宿命を、どんなふうに捉えていますか。

皆川 それは避けきれない要素ですが、惑星のようなイメージで何年か周期で着て頂けたらと思うんです(笑)。月とか太陽みたいに短いサイクルで回ってくるものもあれば、天王星みたいにしばらく回ってこないけれど捨てられない、場合によっては子供が着るかもしれないものもある。

平松 すごく力強い言葉ですね。もの作りの原点が超ロングスパンで捉えられている。一番最初に女性服を作ってみようと思ったきっかけは何でしたか。

皆川 明ファッションデザイナー。「ミナ ペルホネン」を立ち上げ、オリジナルデザインのテキスタイルの服作りを展開する。

皆川 本でも触れましたが、高校まで陸上競技ばかりやっていたのにケガで競技を諦めることになり、18歳の時に長期でヨーロッパに旅に出たんです。パリ滞在中たまたまパリコレのバックヤードの手伝いをする機会があり、洋服を作るって面白そうだなと思いました。でも不器用な僕には裏方の針仕事がちっともうまくいかなくて、逆にこれは少しずつ上達していけば一生飽きないでやっていけるかなと。父がサラリーマンを40数年勤め上げたことを何より尊敬していたのですが、同じ仕事をずっとやる上では、苦手なことにゆっくり取り組んだほうが自分のものになるという確信がありました。

平松 ある意味、発想が逆なんですね。普通、若い頃は自分は人より何が得意か、自分の誇れるところは何だろうという仕事の探し方になりがちです。

皆川 いくつかの経験によるものだと思いますが、保育園の時、泥団子を作って、だんだんきれいに作れるようになるのがとても嬉しかったんですね。毎日砂場で埋めては掘り起こしてピカピカになるように磨いていたという原体験が強くありました。その後陸上を始めた時、中学ではこういう訓練を積んで高校に行ったらウエイトトレーニングをしよう、高校では大学に備えて今こういう身体作りをしようと、常に「今」が未来のためにあるという指導を受けました。だから、すぐに結果を求めるのではなく、30歳くらいで服を作れるようになれたらいいな、と気長に構えていられたんです(笑)。

平松洋子 エッセイスト。食べものや生活文化をテーマに執筆。近著に『ひさしぶりの海苔弁』『本の花』などがある。

平松 興味深いのは、ブランドが軌道にのるまで20代の頃、魚市場で働いていたという体験です。魚市場での3年間から、どんな影響を受けられましたか。

皆川 社訓を書くとしたら、魚市場で学んだことになるだろうなと思います(笑)。材料を選ぶ目と作るための技術はほとんど一致します。寿司屋で魚をきちんと選ぶ人は食べに行ってもその仕事は綺麗で美味しいです。綺麗な仕事をしたいから材料を選び出す。こういうフォルムを作りたいからこういう布を作ろうとするのと同じ。板前さんが市場で魚を締める動作を見ても、あの人は包丁が上手いとか、料理が美味しいだろうなと思ったりしました。自分たちもそう見られるだろうから、裏ごしをきちんとしよう、針目も布に合わせて細かさを変えようとか、気付かれないけれど感じることをきちんとしようというのを学びました。それと平目でも鯛でも新しければいいわけではない。昆布を巻いて寝かしたり、そのものをより良い状態にするということです。ウールなども少し寝かした方がいいですね。寿司屋では特に鮪とコハダに仕事の差が出ますでしょう。服もコットンとカシミアを見ると、どの程度の技術かがわかります。

平松 鮪とカシミアを同列で語るところが、皆川さんならでは(笑)。優れた料理人もまた仕事が丁寧で美しいです。本書を読んでいて興味深かったのは、ミナのデザインは「言葉が先にありき」。言葉からコンセプトが作られているという点でした。

文春文庫
ミナを着て旅に出よう
皆川明

定価:682円(税込)発売日:2014年03月07日

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