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大相撲への追想と憂慮と提言と<br />杉山邦博×小林照幸

大相撲への追想と憂慮と提言と
杉山邦博×小林照幸

「本の話」編集部

『杉山邦博の伝えた大相撲半世紀 土俵の真実』 (杉山邦博・小林照幸 共著)

出典 : #本の話
ジャンル : #随筆・エッセイ

大相撲という日本の宝を絶やしてはいけない

小林 昭和五十年三月場所の大関・貴ノ花の初優勝、昭和五十六年一月場所の貴ノ花の引退、昭和六十一年五月場所中日八日目、取り直しとなった北尾-小錦の一番といった歴史的な取組の杉山さんの実況を私はリアルタイムで視聴し、今でも覚えています。相撲ファンでも様々な思いを抱くわけですが、実際に現場で中継、取材に携わった杉山さんにとっての思い出は後日談も含め、非常に興味深いお話ばかりでした。

杉山 アナウンサーの実況担当日は、上司が場所前に勤務表にハンコを押して作成します。自分から希望日を出すわけではない。大関・貴ノ花の初優勝、貴ノ花引退、北尾-小錦といった中継を私がお伝えできたのは、偶然の賜物でした。私は今年で七十八歳になりますが、人生を振り返る年齢になってみれば、アナウンサー冥利に尽きるという気持ちと共に、やはり運命的なものも感じますね。

小林 横綱の品格問題の元祖ともいうべき存在は小錦でした。外国人差別問題で国内外の注目を集めた小錦について、一章を立てましたが、改めて北尾-小錦の一番が取り直しにならなかったら、と考えさせられました。

杉山 「人生は一瞬で変わる」と言われますが、まさにあの一番はそれを凝縮していた。取り直しでの大ケガがなかったら、小錦は外国人横綱第一号になっていたはずです。

小林 相撲ファンの間では、「杉山さんといえば大関・貴ノ花」のイメージが定着していますよね。

杉山 報道に際しては、「客観的に冷静に」と自分に言い聞かせてきましたので、偏った放送をしたつもりは毛頭ありません。ですが、しばしば「杉山さんは貴ノ花がお好きなのですね」と言われたのは、どうしても滲(にじ)み出るものを視聴者の方々が感じられたからでしょう。いざ、本書の原稿に取り掛かってみると、初優勝時の放送席の様子、引退発表の日の様子、断髪式での様子、そして、藤島部屋の創設から二子山部屋の全盛時に至るまでの様子などが次々と思い出され、あれもこれもと書き進めてしまいました。小林さんも、この章では、かなり書き込まれましたね。

小林 私は平成八年の秋から平成十三年の五月末まで、二子山部屋の後援会機関紙の編集人を務めた時期があり、親方ご夫妻はじめ部屋の皆さんにご厚誼(こうぎ)を頂きましたので。藤島部屋、二子山部屋は猛稽古で語られがちですが、時津風事件が発生した現在の視点から考証すれば、体のできていない新弟子には、ある程度の体ができるまでは、無理な稽古はさせなかった。現代っ子に合わせた指導も実践していたんです。

杉山 即戦力となる大学、社会人の猛者(もさ)を入れず、「ちゃんこが染(し)みる」を地で行く弟子育成法で続々と関取に育て、一時代を築いた。兄弟横綱は最高傑作ですよ。実兄の花田勝治さんに厳しく指導された経験が生きたのでしょうね。

小林 勝治さんと言えば、去る三月場所中に傘寿(八十歳)の誕生日を迎えられましたね。

杉山 誕生日の日、私は大阪から勝治さんのお宅に電話し、お祝いを伝えました。喜ばれていましたよ。「土俵の鬼」は健在なり、でした。勝治さんと初めて会った昭和二十九年二月を思い出しました。

小林 入局一年目ですね。

杉山 そうです。まだ名古屋場所の開催がなかった当時、毎年二月、名古屋で十五日間の準本場所が行われていた。NHK名古屋放送局は毎日、東海・北陸地区にラジオ中継をしていました。私が初めて大相撲中継を実況したのは、このときです。金山体育館の支度部屋で、当時関脇だった若乃花に「NHKの新人の杉山です」と挨拶したのが初対面でした。

小林 杉山さんも傘寿を控える御年齢ですが、お目にかかるたび、とても若々しい印象を感じます。

杉山 健康の源はやはり自分が愛し、大切にしてきた大相撲の本場所が一カ月おきに開催されていることでしょうね。大相撲は壮大な大河ドラマです。本場所の取組を一番でも多く、現場に出向き、この目で見なければ、という思いに駆られてきたからこそ、今日まで元気に過ごしてこられたと思います。

小林 杉山さんはあとがきの中で「この本が人生最後の著書になるかもしれません」と書かれましたが、五年後、十年後に是非、またご一緒させて下さい。本書は第一弾です。

杉山 こちらこそ是非。その頃、相撲界は果たしてどうなっているか想像もつきませんが、大相撲という、この日本の宝は絶対に絶やしてはいけない。本書をまとめて、心からそう願う気持ちが、より強くなりました。

杉山邦博の伝えた大相撲半世紀 土俵の真実
杉山邦博、小林照幸・共著

定価:本体714円+税 発売日:2010年06月10日

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