書評

女性たちのさまざまな『雛形』を描いた、今、最も『読ませる』時代小説シリーズ

文: 大矢 博子 (書評家)

『山吹の炎 更紗屋おりん雛形帖』 (篠綾子 著)

 呉服商の娘に生まれたおりんは、そのセンス、知識、そして縫製の腕も一流だ。そんな彼女のアイディア商法が、本シリーズの魅力のひとつである。

 たとえば第一作『墨染の桜』では雛人形に着せる着物を作ったり、冷え性の叔母のために五本指の足袋を考案したりする。第二作『黄蝶の橋』では、真田家・松姫のために、姫の豪華な着物に合うような、絹のショールを製作した。第三作『紅い風車』では新商品の木綿の使い道として「外に着て行ける浴衣」を考え出した(当時の浴衣はあくまで室内着だった)。

 そして本書では、着物のデザインとそれを着た人物の絵を一冊にまとめる雛形帖、つまりはファッションカタログを思いつく。同時にモデルを使うという発想をする。

 おりんはお針子であるとともにデザイナーであり、ファッションプロデューサーであり、スタイリストなのだ。

 これらの具体的なアイディアと、それが商売として成立する過程は、職業小説として実に楽しく新鮮な驚きに満ちている。二〇一一年のNHK連続テレビ小説「カーネーション」や、中島要の「着物始末暦」シリーズ(ハルキ文庫)のファンは、きっと本シリーズも気に入るはずだ。

 本書のメインである人物絵を配した雛形帖は、実際にこの時代に登場している。最古の小袖雛形帖は一六六六年の『新撰御ひいながた』で、これは国会図書館のデジタルライブラリーに入っており、パソコンから閲覧が可能なので、ぜひご覧いただきたい。雛形帖なるものの雰囲気が掴めると思う。

 ここで注目すべきは菱川師宣だ。おりんがこのアイディアを思いついたきっかけは菱川師宣の『浮世百人美女』だが、彼女がこの本を知る九ヶ月前に、菱川師宣は『小袖の姿見』という、まさにおりんが思いついた通りのファッションカタログを出版しているのだ(おりん、なぜそっちを見ない!)。また師宣は、この二年後に『当世早流雛形』という雛形帖も出しており、こちらもデジタルライブラリーで閲覧可能。

 菱川師宣の父は金箔刺繍の縫箔師で、師宣も布地や染色、文様については玄人だった。そして、まだ時代が先なので作中には登場しないが、呉服商の息子で絵師になった人物に尾形光琳がいる。光琳とおりんの共通点について第二作の葉室麟氏の解説を参照されたいが、光琳も雛形帖を描いているのだ。

 さあ、これが本書の「歴史小説」の側面につながる。

 

 本シリーズは、おりんという架空の人物を主人公に据えながら、その周囲はガチの歴史史料で固めているのが大きなポイントである。もちろん、小難しい歴史は脇にうっちゃって、おりんちゃんの青春お仕事恋愛小説として気楽に楽しむのもいい。けれど歴史を知ると面白さは何倍増しにもなる。

 おりんの考えた雛形帖が、まさにこの時代に誕生していたという史実。そこには服飾の知識を持つ絵師の存在があったという史実。それはとりもなおさず、元禄初期というこの時代が、町人文化が花開く入り口にあったことを意味する。同時に、おりんの発想は決して著者の恣意的なものではなく、この時代の商売として成り立つことの証明でもあるのだ。

 本シリーズの歴史小説としての面は、たとえば『墨染の桜』での徳川綱吉の将軍継嗣問題、『黄蝶の橋』に登場する「磔茂左衛門」と沼田藩改易騒動、『紅い風車』のキリシタンの問題など、当時の大きな社会情勢が作品のバックボーンとなっていることでわかる。越後屋、柳沢吉保、松尾芭蕉、新井君美(誰?と思った人も、彼が遠からず改名すればわかるはず)といった時代の有名人も登場する。しかもそれがただの背景ではなく、おりんを巡る物語に直接絡んでくるからすごい。有名なあの歴史事件を、そんなふうにおりんと関わらせるのか、と。

 それが本書では天和の大火だ。いや、八百屋お七だ。

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山吹の炎 更紗屋おりん雛形帖
篠綾子・著

定価:本体670円+税 発売日:2016年02月10日

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