- 2016.10.18
- 書評
タイムトラベル・ロマンスの歴史に残る名作
文:大森 望 (文芸評論家)
『11/22/63』 (スティーヴン・キング 著/白石朗 訳)
出典 : #文春文庫
ジャンル :
#エンタメ・ミステリ
本書の中でアルが言及するとおり、ほんのちょっとした出来事が、予想もつかない大きな変化をもたらすことを“バタフライ効果”と呼ぶが、これは一九七二年に気象学者のエドワード・ローレンツが行った「予測可能性」と題する講演のサブタイトル「ブラジルで一匹の蝶が羽ばたくと、テキサスで竜巻が生じる?」に由来する。ローレンツ自身は、ブラッドベリのこの短編のことを知らずに演題をつけたそうだが、「いかずちの音」は、偶然にも、まさにこのバタフライ効果を先取りする内容になっている。
キングはこの「いかずちの音」を踏まえた上で、歴史の分岐点(分水嶺)となる出来事(JFK暗殺)を変えることで歴史を大きく動かそうとするプロジェクトを物語の中心に据える。
前述したように、こうした歴史改変ものはたくさん書かれているが(たとえば、本書と同じ文春文庫で出たジェリー・ユルスマン『エリアンダー・Mの犯罪』は、若きヒトラーを殺害することで第二次大戦が起こらなかった世界を描く)、本書では、改変されることを拒む歴史の力がジェイクの前に立ちはだかる。“時空連続体は変化を嫌う”というのは時間SFではおなじみの設定だが、ホラー的な文脈でいえば、映画「ファイナル・デスティネーション」シリーズ(本来、事故で死ぬはずだったのに生き延びてしまった主人公たちに、次々と死の運命が襲いかかる)などと同様のパターン。目に見えない巨大な力に抗って、ジェイクは大統領暗殺阻止のために必死の努力をつづける。
SF的な文法にのっとってタイムトラベルの法則を解明し、ロジックで話を転がすかわりに、(冒頭に出てくるいかにもキング的なキャラクター、イエロー・カード・マンが象徴するように)ホラー/ファンタジー的な曖昧さをあえて残すのがキング流。リセットや共鳴現象についても、あえて厳密なルールを定めてはいない。
失敗すれば時間を遡って何度でもやり直せるという設定(いわゆる“リセットもの”)は、日本ではとくに人気が高く、西澤保彦『七回死んだ男』(講談社文庫)、乾くるみ『リピート』(文春文庫)、ゲームの『STEINS;GATE』(シュタインズ・ゲート)、細田守監督の劇場アニメ版『時をかける少女』など、メディアを問わず多数の例があるが、本書の場合、何度もリセットをくりかえす役割はほぼアルの手にゆだねられ、主人公のジェイク自身は、むしろリセット不可能な、一回限りの現実に深く没入してゆく。
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