- 2016.10.18
- 書評
タイムトラベル・ロマンスの歴史に残る名作
文:大森 望 (文芸評論家)
『11/22/63』 (スティーヴン・キング 著/白石朗 訳)
出典 : #文春文庫
ジャンル :
#エンタメ・ミステリ
アルに渡された古い現金で新聞を買い、最高に濃厚なルートビアを飲んでから現代に戻ってきたジェイクに、アルが事情を説明する。店の奥には一種のタイムトンネルがあり(アルはそれを“兎の穴”と呼んでいる)、一九五八年に通じている。いつ穴をくぐっても、穴の向こうはいつも一九五八年九月九日。そして、過去の世界でどれだけ長く時間を過ごしても、現代に戻ってくると、二分しか経過していない。過去を改変することも可能だが、あらゆる改変はすべて、次に穴をくぐったときにリセットされる。
穴を発見して以来、アルは何度も実験をくりかえし、やがて、JFK暗殺の阻止という壮大な計画に着手したが、重い病気のために続行不可能になり、ジェイクにその夢を引き継いでほしいと懇願する。はたしてジェイクは、アルの夢を実現できるのか?
この設定の時間SF的なポイントは、歴史の改変が可能であり、なおかつ何度でもやり直せること。ただし、タイムトラベラー本人の過去での体験は蓄積されるので(ジェイクが過去へ行ってもアルの記憶はリセットされていないから、兎穴を利用した経験のある人間なら、記憶は保持されるらしい)、過去で長い時間を過ごせば、肉体的にも精神的にもその時間だけ老けてもどってくることになる。
過去の改変が可能である以上、タイムパラドックスの問題は免れないが、本書では、過去改変の影響はタイムトラベラー本人には及ばないという前提を採用している。映画「バック・トゥ・ザ・フューチャー」三部作などでおなじみのパターンですね。
キング自身が本書の下敷きに採用し、作中でも言及しているのは、時間SFの古典的名作として知られるレイ・ブラッドベリの短編「雷のような音」(一九五二年発表/別題「雷のとどろくような声」「いかずちの音」)。ピーター・ハイアムズ監督で映画化もされているが(「サウンド・オブ・サンダー」二〇〇五年)、原作はいたってシンプル。背景は、タイムマシンが実用化され、富裕層の間で恐竜狩りツアーが人気を集めている未来。歴史に影響を与えないよう、獲物は、事故などで絶命する直前の恐竜に限定。ツアー参加者は、あらかじめ設置されたルートからはずれることをかたく禁じられている。だが、ティラノサウルスの実物を見てとり乱したひとりがルートをはずれ、太古の土を踏んでしまう。現代にもどってみると、前日に行われた大統領選の結果が変わっていた。超タカ派の軍国主義者が、穏健派の候補を破って新大統領に選出されていたのである。その原因は、恐竜狩りツアーの客が一匹の小さな蝶を踏みつぶしたことだった……。
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