- 2016.10.18
- 書評
タイムトラベル・ロマンスの歴史に残る名作
文:大森 望 (文芸評論家)
『11/22/63』 (スティーヴン・キング 著/白石朗 訳)
出典 : #文春文庫
ジャンル :
#エンタメ・ミステリ
物語の中心となるテーマは、JFK暗殺阻止。「もしあのときJFKが暗殺されなかったら?」という歴史のifは、同時代のアメリカ人なら(いや、日本人でも)だれしも考えたことがあるだろう。そのifを実現する小説装置がタイムトラベル。タイムマシンで時を遡り、JFK暗殺阻止に挑むという物語は、本書以前にもいくつもある。たとえば、一九八六年に出たスタンリー・シャピロの長編小説『J・F・ケネディを救え』(汀一弘訳/ハヤカワ文庫NV)では、愛する兄をヴェトナム戦争で失った主人公(ダラスの高校教師)が、兄の死を回避するため、JFK暗殺阻止を目的にタイムマシンで過去へ飛ぶ。ロバート・ダイク監督の映画Time Quest(二〇〇二年/日本未公開)では、宇宙飛行士みたいな姿で現れるタイムトラベラーがJFK暗殺を阻止した結果、アメリカはまったく違う歴史をたどることになる。
その意味では、“タイムトラベルによるJFK暗殺阻止”というのは手垢にまみれたモチーフだが、小説の帝王スティーヴン・キングがこれだけの枚数を費やして先行作の焼き直しに甘んじるはずもない。ミステリー的にはJFK暗殺を核にしながら、そこに意外なSF的ひねりを加えたうえで、古き良きアメリカへの限りないノスタルジーと、夢のような恋、そして運命との戦いを、濃密なディテールと圧倒的なストーリーテリングで鮮やかに描き出す。
本書のいったいどこがどうユニークなのか、物語の導入部と設定を見てみよう。小説の始まりは二〇一一年六月。主人公のジェイク・エピングは、メイン州アンドロスコッギン郡リスボンフォールズの(キング自身の出身校でもある)リスボン・ハイスクールで英語を教える、三十代半ばのごく平凡な独身男性。アルコール依存症の妻とつい最近離婚して、いまはひとり暮らし。食事はもっぱら、近所のハンバーガーレストラン〈アルズ・ダイナー〉で済ませている。だが、六月のある晩、店があるトレーラーハウスを訪ねてみると、ボール紙に記された閉店のお知らせが。店主のアルは、十数キロも痩せ、げっそりやつれた姿でジェイクを出迎える。きのう会ったときはいつもと変わりなかったのに、あれからたった二十二時間の間に何があったのか?
驚くジェイクを、アルは店の奥の食品庫へと導き、なにも訊かずにその先へと進むよう促す。不承不承、その指示にしたがったジェイクは、自分がいつの間にか店の“外”に出ていることに気づく。なんとそこは、一九五八年九月九日のリスボンフォールズだった!
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