もっと若い世代の作家がこの設定で書けば違う展開を選択したかもしれないが、キングは、兎穴が通じる先を、運命の日付の五年以上前にすることで、気軽にリセットボタンを押すことを困難にした。JFK暗殺を確実に阻止するためには、過去で五年以上過ごさなければならず、リセットした場合は、その五年余の歳月が無駄になってしまう。セーブポイントが存在しないゲーム(やり直すときは最初から)みたいなもんですね。

 その五年間は、本来、暗殺の実行犯であるリー・ハーヴェイ・オズワルドの私生活を観察し、いまだ謎に包まれている事件の真相を探るために費やされるのだが、それ以上の熱量をもって、キング自身が思春期を過ごした古き良きアメリカの日々がみずみずしく描かれる。その中心でキラキラ輝いているのが、ダラスにほど近い小さな町ジョーディのハイスクールでジェイクが臨時の高校教師として勤務する時期のエピソード。学生演劇の顧問となって舞台を成功に導き、運命の恋人セイディーと出会い、そして二人で夢のようなダンスを踊る。暗殺阻止のサスペンス以上に、このラブ・ロマンスがすばらしい。

 ハインライン『夏への扉』やロバート・F・ヤング「たんぽぽ娘」の昔から、タイムトラベルとラブ・ロマンスはよく似合うが、キングがここでオマージュを捧げているのは、自身、あとがきで“真に偉大な時間旅行ものの小説”と評しているジャック・フィニイの一九七〇年の長編『ふりだしに戻る』(角川文庫)。一八八二年のニューヨークと、その時代に生きる運命の恋人ジュリアとのロマンスがサスペンスとからめて鮮やかに描かれる。キングはこの名作にまさるとも劣らない魔術的なタッチでジェイクとセイディーの恋を描き、魔法のような出会いに永遠の輝きを与える。

 JFK暗殺阻止という本題以上に、このロマンスに魅せられて読みふけった読者も多いはず――というか、僕がそうでした。そしてあの完璧な結末(実は、当初は別バージョンの結末が用意されていたが、息子でもある作家のジョー・ヒルからの助言を受けて、現在の結末に書き直したのだという。初期バージョンの結末は、キングの公式サイトで読める)。最後まで読めば、『11/22/63』をタイムトラベル・ロマンスの歴史に残る名作と認定することに反対する人はまずいないだろう。

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