2016.08.24 書評

四十肩すら魅力的な女探偵。葉村晶は唯一無二、圧倒的なヒロインなのである。

文: 大矢 博子 (書評家)

『静かな炎天』 (若竹七海 著)

『静かな炎天』 (若竹七海 著)

 葉村晶が四十肩って!

 おっと、いきなり失礼。偏愛しているシリーズの大好きなヒロインがまさかの四十肩発症で、少々動揺してしまった。あらためて。

 

 本書『静かな炎天』は、探偵・葉村晶シリーズの最新刊である。クールなヒロイン、翻訳小説を思わせるドライな筆致、シニカルなユーモア、毒気もたっぷりの人気ハードボイルドだ。ファンの熱狂的な歓迎を受けた前作『さよならの手口』(文春文庫)から二年弱、短編集としては『依頼人は死んだ』(文春文庫)以来、実に十六年ぶりになる。

 それにしても「私の調査に手加減はない」がモットーで、ニヒルに淡々と仕事をこなし、刺されても殴られても監禁されても生き延びてきたタフな探偵・葉村晶が四十肩とはね。笑いながらもしみじみしてしまった。だって、彼女が二十代の頃から見てきてるんだもの。

 いい機会なので、既刊を紐解きながら葉村晶のここまでを振り返ってみよう。

 彼女が私たちの前に初めて姿を見せてくれたのは、一九九六年刊行の『プレゼント』(中央公論社→中公文庫)である。初登場時の晶はまだ二十代半ばのフリーターだった。

 その後、長谷川探偵調査所に三年勤めた(その間、二度殺されかける)後、退社。辞めた理由がはっきり語られるのは二〇〇〇年刊行の第二短編集『依頼人は死んだ』で、「もうすぐ二十九」の晶はフリーの調査員として、長谷川探偵調査所とあらためて契約を交わすことになる。『プレゼント』のときに住んでいたボロアパートは引き払い、友人の相場みのりと同居するのもこの巻だ。

 探偵調査所を辞めてからフリーとして再契約するまでの間は「本屋の棚卸しの手伝いや、雑誌に穴埋め記事を書くことで食いつないで」いたらしい。一九九九年刊行の『ヴィラ・マグノリアの殺人』(カッパ・ノベルス→光文社文庫)に、古書店でアルバイトをする「葉村さん」の名前が出てくるので、おそらく別シリーズに出稼ぎに行っていたのだろう。

 二〇〇一年の第一長編『悪いうさぎ』(文藝春秋→文春文庫)の晶は三十一歳。フリーの調査員として、女子高生の失踪事件を追う。私生活では相場みのりのマンションを出て、新宿の古いアパートに引っ越した。DIYで部屋を自分好みに作り変える様子は、シビアな事件場面とはまた違ったコージーな味わいで、晶の別の面が垣間見える。長編ということもあってか、これまでの短編集二作と比べ、ほっと息を抜く場面やユーモラスなツッコミが増えたのが同書の特徴だ。その分、人物や事件の持つ毒もパワーアップしており、その対比が葉村晶というヒロインに深みを与えた。

 三十七歳になった晶が登場するのが、短編「蠅男」(光文社『暗い越流』所収)。相変わらずフリー調査員として働いている。ところが同書所収の「道楽者の金庫」では四十歳を過ぎ、しかも長谷川が引退し事務所も閉鎖されたとあって驚いた。震災から二年とのことで、二〇一三年が舞台だろう。この時点での晶は、探偵としては開店休業状態で、吉祥寺にあるミステリ専門書店〈MURDER BEAR BOOKSHOP 殺人熊書店〉でアルバイト中だ。

 そして物語は『さよならの手口』へとつながっていく。四十代の晶は、調布市仙川にあるシェアハウスに住んでいる。書店のバイトは継続中で、遺品整理に赴いた先で事件に巻き込まれるという趣向だ。『悪いうさぎ』のときも刺されるわ踏まれるわ監禁されるわと多難だったが、ここでも、頭をぶつけるしアレルギーに苦しむし捻挫するし骨折するしと満身創痍。短編でも晶はしょっちゅう危険な目に遭うが、長編だとそれが次から次へと起きるので、読んでる方も気が気でない。

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