それを聞いてニヤリとした老人コンビは、新聞社の入り口に「準備中」の札をかけると、二十五年前の“コロラド・キッド”の物語をステファニーに語りはじめます。
“コロラド・キッド”は、一九八〇年の春、海辺に斜めに傾いで座った状態で死んでいた男の通称でした。喉にステーキ肉が詰まっていたため、それによる窒息死と思われたが、捜査はおざなりに行われたのみで事故死か他殺か不明。所持品はごくわずかで身元もわからない。やがて、とある若い捜査関係者の活躍で身元が判明したが、謎は解けるどころかさらに深まることになる。なぜなら“コロラド・キッド”がコロラド州デンヴァーで姿を消したのは、この島で姿を目撃されるほんの五時間前だったのだ。デンヴァーからムース・ルッキット島までの距離は三千キロ以上……。
『コロラド・キッド』は、ほぼ全編が老人たちの語りで進行してゆきます。海辺に据えた椅子に腰かけて、老練の新聞人ふたりが若い新聞記者志望の娘に謎めいた物語を語ってゆく。ハードケース・クライム用に書かれた作品ですが、ハードボイルド/ノワールという感じではなく、むしろもっと古風なアメリカ的「ホラ話」の感触があります。そして面白いのが、いわゆる「ミステリー」とは違うところに力点がおかれた幕切れでしょう。もっとも、英米で日本でいうところの「ミステリー」にあたる語は「crime fiction」になりますから、『コロラド・キッド』は立派な「犯罪に関する小説= crime fiction」に仕上がっています。(もっといえば、『コロラド・キッド』は、「謎=神秘= mystery」に関する見事な小説でもあります)
同作について、キングは『コロラド・キッド』刊行当時にハードケース・クライムが出したプレスリリースで、こんなことを言っています。
――ハードケース・クライムが出している小説は、すっきり正しく無駄のない拳骨のようなストーリーテリングを旨としている。『コロラド・キッド』は「黒(ノワール)」というより「青(ブルー)」というべき小説だろうが、それでも古き良きガツンとした(キック・アス)ストーリーテリングの美徳を備えているとわたしは思う。それがあるべき姿なのだ。これがわたしの原点であり、そこに戻れたことを喜びたい。
こうして書かれた『コロラド・キッド』につづいてキングがハードケース・クライムのために書き下ろした二冊目の小説が、『ジョイランド』だったのです。本書がキングの長編ではめずらしくミステリーの体裁をとっているのはそのせいなのです。
余談ですが、『ジョイランド』はドナルド・ウェストレイクに捧げられています。ウェストレイクは(日本では通常、ミドルネームのイニシャルも入れて「ドナルド・E・ウェストレイク」と表記されます)ハードボイルドな犯罪小説でデビューしたのち、コミカルなクライム・ノヴェルに転身したアメリカ・ミステリー界の巨匠。代表作は、「いつも完璧な計画を立てるのに毎回かならず不測の事態が発生して窮地に追い込まれる天才犯罪プランナー」、ジョン・ドートマンダーを主人公としたシリーズでしょう(『ホット・ロック』『天から降ってきた泥棒』ほか)。
このウェストレイクはリチャード・スタークという別名義で犯罪小説史上に残る名作《悪党パーカー・シリーズ》を遺したことでも知られます。クールで酷薄な文体は、ハードボイルド/ノワールの極北と言えます(『悪党パーカー/人狩り』『悪党パーカー/襲撃』『悪党パーカー/怒りの追跡』ほか)。『ダーク・ハーフ』に出てくる作家の別名義が「ジョージ・“スターク”」であること、『コロラド・キッド』の献辞でキングが賞賛している『ゲームの名は死』(ダン・J・マーロウ)が《悪党パーカー・シリーズ》によく似たタイプのノワール小説であることから、キングがもっとも愛するタイプの犯罪小説は、リチャード・スターク(ドナルド・ウェストレイク)のそれであるとみてよさそうです。
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