本書『ジョイランド』はキングにはめずらしいミステリーだ、と書きました。しかし『ジョイランド』にはスーパーナチュラルな要素も少なからず盛り込まれていますし、物語全体としては青春小説の色彩が濃いものになっています。ところが、本書につづく長編で、キングは正攻法のミステリーに挑みました。
Mr. Mercedes(Scribner, 2014)がそれです。
ある朝、暴走するメルセデスが市民センターの前に行列する人々のなかへ突っ込み、多数の人々を殺傷します。犯人は現場から逃走、凶器となったメルセデスはすぐに発見されたものの、盗難車であるため犯人を見つけることはできぬまま捜査は頓挫してしまいます。事件を担当した刑事ビル・ホッジズはほどなくして退職、生きるモチベーションを失っていましたが、そこへ犯人から挑発するような手紙が届けられます。かくして猟犬魂を甦らせたホッジズは、心残りだった事件を解決するべく独自の調査をはじめる、という筋立てです。ホッジズの調査行に、犯人の視点で語られる章も織り込まれ、『ジョイランド』『コロラド・キッド』以上に堂々たるミステリーになっています。謎を追う退職刑事の姿が軸になっていることから、レイモンド・チャンドラーなどの私立探偵小説になぞらえる書評もありました。
いわばキング初の純然たるミステリー。驚くべきは、この作品でキングが、アメリカで最高のミステリーに与えられるエドガー賞(アメリカ探偵作家クラブ最優秀長編賞)を見事に獲得したことです。これまで、英国幻想文学大賞(『IT』『骨の袋』他)やホラー作家協会の贈るブラム・ストーカー賞(『悪霊の島』『ドクター・スリープ』他)といったホラー/ファンタジー系の賞を何度も受賞してきたキングが、本腰を入れて書いたミステリーでミステリー界で最高の賞を受賞してみせたことになります。
退職刑事ホッジズを主人公とする三部作の第一作となるMr. Mercedes は、二〇一六年の夏の終わりには、小社より翻訳刊行される予定となっています。アメリカでは、つづくFinders Keepers がすでに刊行されており、六月には第三作End of Watch が刊行の予定。ノンシリーズのホラーRevival も合わせ、順次、小社から刊行の予定です。
二〇一六年五月
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