そして、太陽が昇りきったあたりで、刀を実際に振る場面の撮影になる。ただ振るだけでなく、同時に草木を斬っていくため、使われるのは撮影用の模造刀ではなく真剣だ。これは、かなりの重さになる。炎天下で仲代はこれをひたすら振ることになるのだが、カメラが回っている間は疲れを全く見せない。刀を振るえば振るうほど、大きな瞳はとり憑かれたように輝き、全身から猛烈な殺気をほとばしらせていったのだ。その狂気ともいえる姿を目の前にしていると「このままでは自分も斬られる」という恐怖すら覚えてしまった。
この日の撮影は、これだけでは終わらない。夕方、撮影所に戻ると数時間だけ休憩を挟み、今度は夜間のロケになる。しかも、本作のクライマックスである「果し合い」の撮影だ。
日中の撮影で精根尽きたように見えた仲代だったが、短時間ですぐに復活していた。一時間以上の移動の車中でずっと「山ちゃん」相手に冗談を言い合う余裕たっぷりの姿を見ていると、先ほどまで体感気温三〇度を越えているかと思われる炎天下で刀を振っていた仲代が幻だったのではないかとすら思えてきた。
夜間の撮影は二十時頃に始まり、終わったのは夜中の三時頃だった。肝心の「果し合い」の決闘場面は終盤、深夜一時を大きく回ったくらいの時間に撮影されている。
ここでの仲代が、とにかく壮絶だった。敵と対峙した時の威圧感、刀を抜くスピード、斬っ先の鮮やかさ、そして残心の美しさ……、『切腹』や『椿三十郎』といった時代劇で目にしてきた「スクリーンの中の、あの仲代達矢」の演じてきた剣豪そのものがそこにいたのだ。過酷な撮影をものともしないどころか、刀を一日中振り続けた上に真夜中になっても往年と変わらないド迫力な姿を見せつけてくる八十二歳を前に、筆者は感動と興奮、そしてあまりの現実離れした役者魂への畏怖が綯い交ぜになり、気づけば足が震えていた。
「伝説の名優」は今もなお新たな「伝説」を作り続けている。
藤沢周平新ドラマシリーズ「果し合い」(新潮文庫『時雨のあと』所収)は、BSスカパー! http://www.bs-sptv.com/ にて放送。お問い合わせはスカパー! カスタマーセンター フリーダイヤル0120-556-365(午前10時~午後8時/年中無休)へ。11月7日(土)から1週間限定で東劇でも公開。http://www.jidaigeki.com/new-original/
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