平成24年12月に中村勘三郎、平成27年2月に坂東三津五郎が急逝した。
今、まさに充実期を迎え、これからの10年、20年、ふたりの藝を楽しめると思っていただけに、失望も大きかった。
勘三郎のときは、呆然として仕事が手に着かなかった。三津五郎のときは、逆にしっかりしなければと自分を叱咤した。
ふたりの藝と生涯を断章形式で、基本的には交互に綴っていく本書『天才と名人 中村勘三郎と坂東三津五郎』を書いてみようと思ったのは、三津五郎を見送ってから、2ヶ月ほどたったある日だった。
勘三郎は近代歌舞伎を代表する名優、6代目尾上菊五郎と初代中村吉右衛門ふたりの血を受け継いでいる。まぎれもなく名門の生まれであり、天才子役として出発し、青年となってからも「歌舞伎を演じるために生まれてきた男」の名をほしいままにした。才能に恵まれただけではなく、生来の愛嬌があり、プロデューサーとしても周囲を巻き込む魅力を備えていた。
それに対して三津五郎は菊五郎劇団の鬼軍曹として知られた9代目三津五郎の長男として生まれた。踊りの名人として6代目菊五郎と並び称された7代目三津五郎を誇りに思っていた。守田座座元の家柄でその意味ではやはりまぎれもなく名門ではあったが、渋い脇役の祖父、父を持って生まれたために、自分の力で芸域を広げ、地力をそなえた名人となるために生涯を捧げた。
天才と名人。生前はそう面と向かって言ったりすることはなかったけれど、ふたりがその道を着実に進んでいることは確かだった。
今、この時点で書いておかなければ、舞台や交友についての記録なども、私に何かあれば消え去ってしまう。そんな焦燥感に駆られて、昨年の8月から9月にかけて、2ヶ月で一気に書き上げた。遅筆な私としてはめずらしい早さだった。それほどふたりについて書きたいことはたくさんあった。むしろいかに簡潔にまとめるかに心を砕いた。
本書は、勘三郎の本葬のときに、三津五郎が読み上げた弔辞に始まり、三津五郎の本葬のときに長男巳之助が読んだ父を送る言葉で締めくくった。
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