歴史小説の若き新鋭として注目を集める谷津矢車『曽呂利! 秀吉を手玉に取った男』は、多くの頓智話を残したとされる豊臣秀吉のお伽衆・曽呂利新左衛門を、斬新な解釈で描いている。
鞘師の修業をしていた曽呂利だが、師匠の自殺に直面。ある人物を介して秀吉に接近した曽呂利は、持ち前の機転で秀吉のお気に入りになる。人の心に入り込み、自在に操る話術を持つ曽呂利は、千利休の切腹、石川五右衛門による秀吉暗殺計画、石田三成が仕組んだとされる豊臣秀次の排斥や関ヶ原の合戦など、歴史的に有名な事件を演出していく。曽呂利の一言が、歴史を思わぬ方向に動かしていくプロセスは、ミステリーの謎解きを読んでいるような面白さがある。やがて、曽呂利が豊臣政権を混乱させた動機が浮かび上がるが、それは現代にも渦巻く怨念と密接に結び付いているので、恐怖を覚えるだろう。曽呂利は、豊臣政権の弱点を的確に突くことで、盤石に思えたシステムを揺さぶっていく。これは、一種の組織論としても興味深かった。
近年は日本文化の再評価が進んでいる。今年はこの影響を受けながらも、単なる日本礼賛ではなく芸術家の苦悩に迫った海道龍一朗『室町耽美抄 花鏡』(講談社)、奥山景布子『たらふくつるてん』(中央公論新社)、梶よう子『ヨイ豊』(講談社)などの芸術家小説が相次いで刊行された。直木賞候補になった澤田瞳子『若冲』も、生誕三〇〇年を迎えた伊藤若冲の実像に迫っている。
著者は、妻を不幸にした後悔と、若冲の贋作を得意とした絵師・市川君圭との確執が、緻密な描写と奇矯な構図を得意とした若冲を生んだとしている。この説を使い、若冲が夫婦和合の象徴で普通は寄り添って描かれる鴛鴦図を離して描いた理由などが論理的に説明されるので、本書に書かれたことが史実だったのではと思えるリアリティがある。著者は政治小説、経済小説、ミステリー、人情ものなど多彩なジャンルで若冲の生涯をたどっていく。若冲が巻き込まれる事件を通して、弱者を平然と切り捨てる政治の非情、格差と差別の問題など、普遍的な社会問題を描いたのも見事だった。
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