西條奈加『ごんたくれ』(光文社)は、澤田『若冲』とほぼ同じ時代を描いているので、二冊を読み比べてみるのも一興だが、今回は芸術家小説ながら題材が独創的な『六花落々』を選んでみた。この作品は、古河藩主の土井利位が、雪の結晶をまとめた『雪華図説』を書く切っ掛けを作った家老の鷹見忠常と、学者の小松尚七を描いている。
何にでも興味を持つ尚七と出会った忠常は、次期藩主の利位の御学問相手に抜擢する。尚七は、雪の結晶に興味を持った利位と蘭鏡(らんきょう/顕微鏡)で雪の観察を始める。
尚七は、農民が冷害で苦労しているのに、自分は何の役にも立たない雪の結晶を観察していることに悩む。最新の知識を学んで身に付けた合理性を実際の藩政に活用している忠常は、学問や政治に簡単な改善法はなく、常によりよい社会を作るためには何が必要かを考え続ける必要があると尚七を諭す。ここにあるのは、都合のいい情報だけを組み合わせたり、情報の検証を怠ったりする反知性主義的な風潮への批判のように思えた。
古川日出男『女たち三百人の裏切りの書』は、紫式部の怨霊が現れ、流布している『源氏物語』の「宇治十帖」は偽物なので、本物を語ると宣言する場面から始まるが、すぐに、瀬戸内海の海賊や孤島で殺人術を学ぶ蝦夷、奥州の黄金を運ぶ武士のエピソードが同時並行して描かれるようになる。物語が複雑怪奇に入り組む展開は、日本の歴史、文化、宗教観を相対化する壮大なスケールへと発展していく。物語文学の至宝『源氏物語』を使い、物語を力を余すことなく描いた離れ業にも驚かされた。
末國善己の収穫十冊
・『狗賓童子の島』(飯嶋和一 著) 小学館
・『幕末愚連隊』(幡大介 著) 実業之日本社
・『武士の碑』(伊東潤 著) PHP研究所
・『人魚ノ肉』(木下昌輝 著) 文藝春秋
・『もののふ莫迦』(中路啓太 著) 中央公論新社
・『化け札』(吉川永青 著) 講談社
・『曽呂利! 秀吉を手玉に取った男』(谷津矢車 著) 実業之日本社
・『若冲』(澤田瞳子 著) 文藝春秋
・『六花落々』(西條奈加 著) 祥伝社
・『女たち三百人の裏切りの書』(古川日出男 著) 新潮社
※文中登場順
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『赤毛のアン論』松本侑子・著
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