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時代小説、これが今年の収穫だ!

時代小説、これが今年の収穫だ!

文:末國 善己

当代きっての目利きが選んだ絶対読むべきベスト10


ジャンル : #歴史・時代小説

 直木賞候補になり、高校生直木賞を受賞した『宇喜多の捨て嫁』(文藝春秋)で鮮烈なデビューを飾った木下昌輝の第二作『人魚ノ肉』は、新撰組を伝奇的な手法で描く連作集である。

 土佐の海岸で、若き日の坂本竜馬と岡田以蔵が、不老不死になるという人魚の肉を食べた。その人魚の肉は、京へ渡り、新撰組隊士の口に入っていく。芦沢鴨の暗殺、池田屋での沖田総司の喀血、伊東甲子太郎一派の離隊といった有名な事件が、人魚肉によって引き起こされたとして読み替えられていくが、史実と矛盾がないので緻密な構成に驚かされる。力と引き換えに、人を異形のモノに変える人魚の肉のグロテスクさは、勝ち抜くためなら手段を選ぶ必要がないという傾向が強まる現代の戯画にも感じられた。

 少し前から、戦国ものは天下を目指した有力武将ではなく、領土は小さいが善政を敷いたマイナーな人物に着目した作品が増えている。権力者におもねらず、信念を貫いた岡本越後守を描く中路啓太『もののふ莫迦』も、この系譜に属する作品である。

 肥後の小豪族に仕える越後守は、島津に敗れるが、九州平定に乗り出した豊臣秀吉に救われる。だが、秀吉配下の加藤清正の横暴に激怒、国人一揆では秀吉軍と戦う。越後守の勇猛さに目を付けた清正は、最愛の女を人質にして、越後守を朝鮮に送り込む。

 勝者こそが正義と断じ、負けた肥後を見下す清正。これに対し越後守は、勝負は時の運なのだから、弱者、敗者に情けをかけるのが「もののふの道」と主張する。対照的な信念を持つ清正と越後守の意地が朝鮮で激突する展開は、日本はこのまま、弱肉強食の市場原理主義的な社会を続けるのか、それとも別の道を模索するのかを問い掛けているのである。

 真田幸村の父・昌幸を主人公にした作品は多いが、吉川永青『化け札』は、長篠の合戦の直後から、第一次上田合戦までの短期間に搾って濃密なドラマを描いている。

 この時期の昌幸は、主家の武田家が滅亡し、周囲を上杉、北条、徳川、織田に囲まれ存亡の危機にあった。策士の昌幸は、小豪族の真田が生き残るには、大国と大国を天秤にかけ、常に真田が切り札(ジョーカー=化け札)になると思わせることが必要と確信する。忍びが集めた情報を分析した昌幸が、強大な軍事力と政治力を持つ大国を相手に凄まじい頭脳戦、心理戦を仕掛ける展開は、国際謀略小説としても秀逸である。

 著者は、昌幸がめまぐるしく主君を変えたのは、領民が飢えない国を作るためだったとする。特に、庶民の不平不満を率直にぶつけてくる農民の新平の言葉を真摯に受け止め政策に活かす昌幸は、理想の政治家に思えるはずだ。二〇一六年の大河ドラマは、幸村を描く『真田丸』に決まった。本書は、大河ドラマをより楽しみたい人にもお勧めだ。

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