書評

平松洋子さんの本を読むと、食べること、生きることへの活力がいただける。

文: 戌井 昭人 (作家)

『あじフライを有楽町で』(平松洋子 著、画・安西水丸)

 以前、お爺さんとお婆さんが二人で営んでいる、カウンターだけの中華料理屋に入ったら、ベチョベチョのチャーハンが出てきた。「こりゃ、どうなってんだい」と食べてみたが、リゾットみたいなチャーハンは、おそろしく不味かった。普段は食べ物を残さない自分だが、酷すぎて全部食べられなかった。怒りすらわいてきた。しかし店を出ると、どうしてお爺さんは、あんなに不味いものを作ったのか考えてみた。古い店だったから、お爺さんは長いこと鍋をふり続けてきたはずだ。もしかしたら体調が悪かったのかもしれない。それとも嫌なことがあって、ヤケクソな気持ちで料理をしていたのかも。もしくは開店以来、チャーハンはベチョベチョで、食っているうちに中毒的な美味さに変わるのかもしれない。

 以来、あのチャーハンは、わたしの心に残り続けている。もちろん二度と食べたくはないが、このように考えることができたのは、平松さんの本を読んでいて、食い物には、それぞれ物語があると考えていたからだと思った。

 学生のころ、恐ろしく汚い食堂で、チキンカツを食べていたら、カツの中にマッチ棒がコロモと一緒になって揚がっていたことがあった。店のおじさんに、「ちょっとこれ」と言ったら、「ああ、そうかい」と苦笑いをして、謝りもしなかった。腹が立ったが、いまにして思うと、どうしてコロモの中にマッチ棒が入っていたのか、その不思議さの方が際立つ。これも平松さん効果だ。ちなみに、そこのチキンカツは、ものすごく美味しかったので、マッチ棒が入っていたくらいでメゲずに、何度も食べに行っていた。

 なにはともあれ平松さんの本を読むと、食うという行為は、味うんぬん以前に、楽しい行為なのだということを知る。つまらなそうに食べたら、すべてが台無し、楽しく食うことが一番なのだ。

 本書は、食べる楽しさが詰まっている。寝る前に読んで、翌朝、「さあ、今日はアレ食うぞ!」という活力を自分に与えるのには、ピッタリの本だ。

 まず、『あじフライを有楽町で』というタイトルからそそられる。実は、このタイトルが決まったとき、わたしは平松さんと一緒にいた。自分のやっている「鉄割アルバトロスケット」という集団の公演を平松さんが観に来てくださり、終演後に飲んでいたとき平松さんから、「これ、タイトルです」と渡された紙に書いてあった。以来、あじフライが頭にこびりつき、解説の冒頭のように、夜中に「あじフライ食いたい」となってしまったのだ。これは相手が平松さんだったから余計にそうなったわけで、平松さんに会うと、なにかを必ず食べたくなる。このような人が、わたしの人生で他にもいた。子供のころ、持ち帰り専用のすし屋で、「バッテラ」と頼んでいる入れ歯のおっさんがいた。おっさんの口の中からは、ガムを噛んでいるような唾が絡む音が聞こえていて、「バ」と「テ」の間の小さな「ッ」のときに唾が飛んだ。その「バッテラ」の発音が、ものすごく美味そうで、以来、わたしの好物になった。平松さんもなにかを語るとき、「バ」と「テ」の間の小さな「ッ」のように、不思議と、それを食べてみたいと思わせるマジックを持っている。

『谷中のひみつ』、平松さんが店内を見渡すと、「笑み満面の幸せオーラがたふたふ」とあり、本当に良い店なんだと思えてくる。美味いものには、楽しさと幸せがある。

『鶏肉は魚である』、タイトルが最高で、落語みたい。最初に「ときに、海老(えび)は鶏肉ですか、魚ですか」と古老がつぶやき、イカした小噺のはじまりのようである。それから「鶏肉は魚である」ときて、鶏肉の「ささみは島根県である」ときたもんだ。楽しい。ちなみに自分は以前、「東京都は焼き芋である」という内容のエッセイを書いたことがあります。

『海苔弁アンケート』、このように真髄まみれのインタビューは初めてだ。それぞれののり弁、わたしも、インタビューに答えたくなったので、記させてください。(1)89点。(2)揚げちくわ。(3)アルバイトの昼休みに外。なにを食べたいかわからないとき。(4)ご飯にへばりついた海苔を、どのようにして食べたらいいか、いつも悩ませてくれてありがとう。

あじフライを有楽町で平松洋子 画・安西水丸

定価:本体680円+税発売日:2017年06月08日


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