書評

平松洋子さんの本を読むと、食べること、生きることへの活力がいただける。

文: 戌井 昭人 (作家)

『あじフライを有楽町で』(平松洋子 著、画・安西水丸)

『冷やごはん中毒』、わたしも冷やご飯が好きですが、昔から「電子レンジで温める?」と訊かれると、「結構です」と答えます。すると大概、どうして温めないのか不思議そうな顔をされる。しかし今後は、声高に、冷や飯でいいじゃないかと言おう。平松さんは、冷やご飯は、露口茂の顔を思い出すとおっしゃいますが、わたしは、チェ・ゲバラの顔を思い浮かべる。ゲリラ戦の真っ最中、ジャングルで冷やご飯を食ってるイメージ、でもゲバラは冷やご飯でなくパンかも。あと冷や飯に湯をかけると、織田信長を思い浮かべます。

『朝も夜も、湯豆腐』、湯豆腐と日本酒の組み合わせは最高だが、わたしは、まだひよっこで、本当に、その良さをわかっておらず、格好つけているだけだと思った。久保田万太郎の句「湯豆腐やいのちのはてのうすあかり」が出てくるが、この項目を読んだ後、文学座に仕事で行き、創立者の一人である久保田万太郎の話になり、因果のようなものを感じた。また湯豆腐から話がそれるが、久保田万太郎といえば赤貝で、これが喉にへばりついて亡くなったので、赤貝を食うときは、いつも久保田万太郎を思い出す。たぶん平松さんもそうではないか。

『志ん生の天丼』、志ん生の通っていた、天ぷら屋「天庄」に一度行ったことがあり、平松さんとの共通項を見つけて嬉しくなる。志ん生が、残りの天丼に酒をぶっかけて蓋をし、少し蒸らしてから食べていたことが書いてある。平松さんは、この酒かけ天丼の誘惑にかられるが、やらない。そして「ああいうことは、好きが高じてやっているだけの当の本人でなければ、格好がつくものではない」とある。唸ってしまった。その人がいかに生きてきたかということが、食になる。友達の爺さんは、蕎麦に日本酒をかけていたが、酒かけ蕎麦は、酒かけ天丼よりも知られていて、勝新太郎がやっていたとか、他にも聞いたり読んだりしたことがある。わたしも格好つけて、蕎麦に日本酒をかけたことがあるが、「好きが高じてやっているだけの当の本人でなければ、格好がつくものではない」を読み、恥ずかしくなった。でも友達の爺さんがすごかったのは、口に含んだ酒を「ブ~ッ」と吹き出して蕎麦にかけるのだ。霧状になって、まんべんなくかかるのだろうが、さすがに、そこまで真似することはできなかった。

『もっとアミの塩辛』、わたしもアミの塩辛が大好きだ。食べてるときは、いつも自分は魚だと思うようにしている。そして頭の中で、ボ・ガンボスというバンドの「魚ごっこ」という曲がかかる。「魚じゃないとやってられないよ、う~ポリポリポリ!」という歌詞です。

『どっきり干瓢巻き』は、それこそ久保田万太郎の物語のようだ。わたしもいつの日か、このような小説を、さらりと書いてみたいと思った。このとき干瓢巻きを巻いてた若者は、しっかり巻けるようになったのだろうか。気になるところ。

『とうがらしめし!』、食べてみたい。

『シビレる鍋』は、平松さんが食の噂を聞くと、探検家のようになるのだと感じた。ジャングルをかき分け、たどり着いたら、そこに、シビレるものがあった。ヤバい山椒。地獄の山椒黙示録、闇の中の山椒。

『ムルギーランチ、健在』、ナイルレストランでムルギーランチを注文したことがある人は、皆が体験する、混ぜなくてはいけない圧力、しかし「じぇ~んめんてき」から「か~んぺき」に変化していた歴史があったとは。一度でいいから、混ぜないで食べてみたいが、それは許されないことなのだろう、店の歴史を変えることになる。

『おばちゃんの実力』は、平松さん観察のユーモアにあふれている。それにしても、おばちゃんはすごい。

 とにかく全体を通して思ったのは、口に入ったものは、そこで終わりではないということ。食べたものは記憶や身体の一部になって生き続け、毎回の食事には、それぞれ物語がある。そして身体から出て行ったものにも、なにかしらの物語がある。

 さあ今晩も、明日の活力のため、『あじフライを有楽町で』を読もう。



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あじフライを有楽町で平松洋子 画・安西水丸

定価:本体680円+税発売日:2017年06月08日